東北の夜はちょっとだけ肌寒かったです。

ただし宿泊した国分町の街はネオンで道行く人たちを明るくし、そこにいる人たちは皆、笑顔でした。

宿泊したのは4月28日。
翌日の29日からは、仙台市内の地下鉄が震災以来、久しぶりに復旧。

そして東北新幹線も全線復旧と、沢山の苦労のもと仙台の新たな一歩を待ち望んでいました。





そんななか自分は仙台の仲間たちと飲みに行きました。

もちろん牛タン屋(笑)

店員さんは皆、明るく接客業をし、お客さんもみんな笑顔でした。

隣にいた大学生の女の子など「久しぶりーよく生きていたね~」と、涙を流し。

東北は元気です。


仙台は元気です。



店員さんも「お客さん、東京から来たんですねー。

折角だから、東北の地酒を飲んでいってくださーい」



おふこーすです。


飲みましょう飲みましょう。

やりましょうやりましょう。



久し振りに美味しいお酒。

震災の沢山の苦労を聞きながら、それでも笑顔が戻ってくるっていいね!


まさに町中、がんばろう東北。


下を向いてる場合じゃない。前に前に、みんな新たな一歩を歩んでいるんだ。
実は東北に入る前日の関西で、夜中まで酒を飲んでまして…

朝からすんごい二日酔い。途中すげー気持ち悪いし、吐きそうだし。

仙台には14時くらいに到着して、東北支店の事務所でパソコン借りて仕事してたんだけど、途中からもう眠くて眠くて…


パソコンのエンターキーなど、なんなら頭でガーンみたいな!


夕方、こりゃ仕事にならん!ホテルでシャワー浴びてスッキリしようと、皆より先に仕事をあがらせてもらいました。


仙台の街は至って普通で、人で賑わっていました。

至る場所に、

「がんばろう東北」

「がんばろう宮城仙台」

バスや電光掲示板、コンビニや広告物、

街をあげて、元気を取り戻そうとしてるのがわかります。


わずか一ヶ月の間に、これだけの回復してるのだから、すげーね。

仙台の人たち、すげー!


そんなことを考えながら、信号待ちをしていたら、

「グラグラ~!」



やべー、俺クラクラする。夏に倒れたことあるから気をつけねーと。すんげー立ち眩みがした。倒れそうだった。



すると電話が鳴り

「すんげーでかい地震だったけど大丈夫だった?物が落ちそうなくらいでかかったけど」



あ…


地震だったのね…



それは震度4の地震でした。それでも仙台の人達、何もなかったかのように歩いていたけど。


改めて仙台の人達、すげーよマジで!リスペクト!
福島から2時間ほどかけて、ようやっと仙台に辿り着きました。


街のコンビニや書店、それにレストランや喫茶店、図書館に市役所、あらゆる人達が1ヶ月前の震災を乗り越えて、いつもの生活に戻ろうとしています。

実際問題、仙台市内の新緑たちは、地震があったことが嘘のように綺麗で、美しく。


そんななか、今回福島から仙台に自分を乗せてくれた方が

「せっかく関西から仙台まで自腹で来てくれたのだから」

と仙台空港方面に車を走らせてくれました。

車で走っていると一見普通の町並みですが、海沿いに近づくに連れて、屋根にブルーシートをかけた一軒家が目立ちます。


そして暫く走り、暫くすると言葉を失います。


それは見渡す限り何もない津波が街を飲み込んだ残骸。

至るところに車が転がっています。

なんで?って思われる船が転がっていたり。

テレビで被災地を見たりしてたけど、やはり実際自分の目で見ると言葉を失います。

写真を撮ろうかと携帯を開いたけど、あまりに悲惨な風景でやめました。

自分が見た景色の場所で500人以上の方が命を落としたそうです。


正直、この場所をどうやって片付けてどうやって復興していくのか僕にはわかりません。

何年か先この場所はどうなっているのだろう?



手で目を覆いたくなる、人生で見たことの世界でした。