kpoint_newsのブログ -57ページ目

情操教育

 「最近、お父さんは態度が変わった。小さい頃あんなにゆふこと聞いてくれたのに、中学に入った頃から急に鬱陶しいこと云ってくる」と父親の姿勢を激しく批判したうえで、「無駄遣いや異性のことなどで、うざったいこと云っとると、どうなるか知らんよ」と口答えするわけだが、
 
 とりあえず「暴れ回って障子紙を破いたことはだけは謝りなさい」
 たく、誰がこんなにつけあがった奴にしたんだ。
 
 俺か!?

春の道役

 年に二回家の周辺を草取りしたり溝さらいする町内会の行事がある。サボると千円徴収されるので八時半の集合に遅れることなく参加する。
 三十人ほど集まるのだが高齢化社会の縮図と言おうか爺さん婆さんのそろい踏みである。それでも尚、腰の曲がった婆さん、惚けて外出禁止の爺さんなどは自宅待機らしいのでやりきれない。齢五十にして若輩者である小生はなかなか居場所が見つけられずにいた。
 
 約一時間役務をこなし再び集合し缶ジュースを銘々拝領し終了となるはずなのだが、なかなか全員集合しない。本年度の組長も集合場所にジュースを運んだまではいいが、おしゃべりに夢中で迅速な集合を促す気配もない。痺れを切らした年寄りが力なく呼びかけるも聞こえたのか応答がないまま暫しの時間が過ぎゆく。二百メートル先の人影に動きが見えた、どうやらこちらに歩を進めているようだ。しかし歩み悠然とし、路傍の草花や裏山の枝垂れ桜などを愛でながらそろりそろりと、時に立ち止まり時に振り返りして春を満喫しながらの道行きである。
 
 待つこと二十五分、組長の挨拶がいよいよ始まった。
 「それでは全員集合のようですので、これにて解散します」とのお言葉。
 
 なかなかついていけない世界なのかもしれない。

音頭

悪徳商法マニアックスで見つけたネタ。
 ちょろいもんだぜ納税者とか替え歌作られないように、お仕事がんばってくださいね。

百円CD

 ipodで聞こうとCDを物色しに隣町の店まで出掛ける。てっきりレンタル屋だと思ってわざわざ出掛けたのだが中古CDと中古ゲームソフトが中心でレンタルをやっていないようだ。しかも中古家電、中古家具なども置いてあって名古屋の店とは扱い品目が全然違うのでガッカリした。
 
 ぐるりと店内を回ったら中古CD百円というのが目についた。セレブが西ならば東、右なら左というように常に対極の位置にいて、当時ワープロの生産を中止してパソコンにシフトしていく環境の中、FMラジオがついて八割引という理由だけで新古のワープロを購入してしまう「安物買いの銭失い」を実践しているイラストレーターを友人に持つ小生にとって百円という破格値に関心を持たないわけがない。
 
 通常古本屋であれば小汚いこい本や訳の分からんハウツー本が百円で売られているのだが、CDに於いてはどのような陣容で客を迎え撃っているのであろうかが大いに興味をそそるところである。
 
 もともと歌い手などあまり知らないのでなんですが、聞いたことない人六割、今も活躍している人三割、どっかいっちゃった人一割というところか。ハロプロ関係が二十枚くらい新品同様で並べてある横で、嘗て毒男の心を釘付けにした「森高」のCDが十枚くらいあった。やっと四十を越えて部屋に置いておくのが重荷になり手放したのか。「リンドバーグ」も十枚近くあったがこれは前者と違う理由だと思う。
 
 十年くらい前、ジャズバーのカウンターでの戯れ言中に、うっかり「MT」の歌に関してファンであれば聞き逃すことの出来ない放言をした際に、隣の紳士から「MTって下手ですか?」と凄まれたことをパッケージを眺めていたら思い出した。丁度ビールのCMソングを歌っているときだったろうか。
 
 懐かしくも切ない思い出に、なぜその時そのような失言をしたのかを検証すべく「MT」のCDを一枚と、お嬢さえ歳と共に表現や音楽性を変えつつファンを楽しませてくれたのに、五十にもなって未だスタイルを変えようとしない「松任谷」を一枚、都合二枚を購入する。そういえば、昨年も「泉水」の中古CDを買ってしまっていたのを思い出した。自分がこの手の歌唱力で表現する歌い手が好みだったとは本日にして初めて気がついた。迂闊である。

日録20世紀

 つぶれた本屋の親父にそそのかされて毎週買わされた「週刊イヤーブック日録20世紀」がやっと役に立った。
 豚児から電話があり「私の生まれた年に起こった事件や出来事は何?」と聞く。明日提出の宿題だそうだ。湾岸戦争か即位の礼しか覚えがないし、インターネットで調べるのも骨が折れそうだしと思案していたところ、玄関脇の本棚に年代順に整理されることもなく放置していた「週刊イヤーブック日録20世紀」の存在を思い出した。引き出しの奥から百円玉を見つけたような心境である。
 
 調べついでにいろいろ記事を見回した。
 おお、同級生が紅白歌合戦で叫んだのはこの年であったか。紙屋の社長がゴッホの「ガシェ博士の肖像」を125億で購入、景気よかったんだね。このころは御神輿が総理大臣だったんだ。と、まあいろいろありましたね。
 
 長くなりそうなのでこのへんで。

三国志演義

df41848e.gif どうも長い読み物は苦手である。ボチボチ読んでいたら前半の登場人物などの人間関係や時代背景などがこんがらがって面倒くさくなり途中で断念するのが常である。上下二冊くらいの作品が限界だろうか。
 
 それでも勢いで読んだ歴史小説もあるが、「平家物語」「三国志演義」などは、たとえ簡単にまとめてくれてある作品だろうが、考えたたけでも頭が誤作動しそうなボリュームだろう。
 
 漫画でならかつて「三国志」を続けて読んだことがある。横山光輝先生の作品で、「赤壁の戦い」くらいまでは読んだだろかそれとも関羽が死んだところまでだったか?漫画の刊行予定に追いついて来月新刊が出るところまでは読んだのだが、なぜがその後は読んでない。また読みたい気も起こらずじまいで今日に至る。
 
 名古屋の本屋で見つけた「馬超」という本。覚えのある名前であるのと一冊で完結してそうでJR車中で読むのには最適なりと買い求め読んでみた。
 
 お馴染みの劉備などは後半にちょっぴり出てくるだけで、馬騰(馬超の親父)との確執や韓遂(盗賊)との争い、もちろん曹操を二度までも死地に追い込む活躍などを中心に、主人公の武人としての生き様が描かれた読み応えのある作品であった。
 
 やっぱり文庫本一冊でまとめてあるのは善い。「蕭何」という作品も別の人が書いているそうなので、そちらも読んでみるとしよう。「蕭何」このおっさん高祖の参謀でした。

此処いらの小学生

c65885f2.jpg 登校時に視線が合うと必ず「おはようございます」と挨拶してくれる。風体怪しかざるひげ面の親父に親近感など湧かぬはずなので辿々しいことこの上ない。
 中にはわざと視線をそらし気づかぬふりをしてやり過ごそうとする子もいるが、概ね嫌々挨拶してくれる。学校の指導だろうが、まあ爽やかな気分になるので大いに推進して欲しい。
 
 今日は生ゴミ及び可燃ゴミの日。いつも怯えながら挨拶してくれる小学二年生に進級した近所の女の子が、家人に言い付けられたのだろう両手で肩を支えにして重たそうなゴミ袋を下げて歩いてきた。こちらはコンビニに用があり、ついでに車でゴミ集積所に向かうところであった。声を掛けてお手伝いをしてあげたかったのだが、未だ登校時の声かけ以外はまともに無視される人間関係であるここと、昨今流行の誘拐犯に間違えられても困るので彼女の自立を心からのみ支援することにとどめる。

経費でいっちゃえ

d45834a0.png このおっさん、とりあえず支払う金には何にでも領収書をもらってたんだろうなぁ。
 家族の夕食を会社の経費にしていた社長もいることだし、まあとりあえず通ればラッキーってことでしょうか。
 
 宛名は上様なんだろか、それとも会社名書かせたか。
 

と、つらつらエントリーを書いていたら、民度をいささか疑問視される彼の国に長期滞在予定の友人から「桃の花」の便りが来たので紹介します。

社会資産を、広告が大きく損ねた

a63a111c.jpg この広告を見たとき感じたのは、「大人数が急いでいる」というメッセージは伝わってきたのだが、はたして非常口と何の関係があるんかしらんと思った。そうか色(緑)も関係あったか。
 だけどなんで「非常口」なんじゃと思う。

 とまあ、消化不良なパロディだったわけですが、今回の要求についてはどうだろう。

 著作権侵害等の法的なものでないのなら、国民的行事である告知での「ギャグ」くらい見逃してもよいのではないか。佳作とは云えないがそれなりに胴元が射幸心を煽り寺銭をより多く手に入れたい趣意は、よくよく表現されている。

ケンケンがくがく・カンカンごうごう

 最近誤用が多いようだ。正しくは
 ケンケンがくがく=文字通りケンケンが全身を震わせて笑っている様。
 康康go! go!=なんとかお世継ぎをと願う園の人々が発情期にかんかんに託した言葉。