kpoint_newsのブログ -16ページ目

凱旋門賞三着

 そこそこ強かったって結果だろうが、あの抜かされ三着では惨敗に等しい。
 昔万年着には食い込むのだがもう一つのところで勝てないシュンサクリュウという競走馬がいたけれど、あんな感じで負けていたのを思い出した。いつも惜敗ってやつ。
 もちろん比較するつもりなどは毛頭無く、ふと三着四着に対し哀感を深くしただけ。

THE PRIX DE L'ARC DE TRIOMPHE

連複/2-3,2-6,3-6

空き時間を利用して現場検証をしてみたものの

 「秋の日はつるべ落とし」というが、彼岸も過ぎ仕事場に着く頃にはすっかり日も暮れ、先週まではまだ西日がまぶしかった駐車場からの眺めも秋の気配が感じられ、燦めく防犯灯が田舎町を煌々と照らしている。
 そんな閑静で長閑な田舎町において、新内閣が誕生しようとしている矢先の週始めである日曜日に事件は起こった。
 病院長が無断駐車していた車に、酔っぱらってバックから突撃し車を大破させ、あらぬ事か現場で検証していた警官を巻き添えにして、重傷を負わせてしまったのである。
 また酔っぱらい絡みの凄惨な事件だ。
 
 ニュースブログを主宰している手前、身近で起こった事件を取材しないわけにはいかない。空き時間を利用して早速にして現場へと向かう。
 新刊線駅南出口からは、小生の飛距離でもSWで楽々届いてしまう距離にその痛ましい事件が起こった現場がある。信号を二段階で右折し、右手にさーくるけーだかさんくすだか分からんコンビニをやりすごし、防犯灯だけが頼りの薄暗い間所を抜けると問題の駐車場に出る。途中には医院の駐車場に客や従業員の無断駐車を黙認されていたといわれる焼鳥屋があり、今回の事件は深く関与していたような報道もあったが営業中の様子であった。
 マンション住民と医院関係者の車が六七代止まっている駐車場には人影もなく、裏手にもうじきの客を待つファッションホテルの飾り窓が目に眩しいばかりである。建物一階に入居する医院はひっそりと灯りをつけ何事か事務員らしき人物が動く気配がある。憔悴しきった中での作業に同情を禁じ得ない。
 
 多分このまま現場に留まったとしても不審者扱いされるのがオチであるだろうから、来た道をなぞるように引き返すことにして、今回の取材を終えることにする。
 
 途中、さーくるけーだかさんくすだか分からんコンビニに寄り、雑誌売り場の検証をして仕事場に戻る。半径一キロメートル以内に一軒しかないコンビニは、景気回復を表すかのように活況を呈していた。このあたりでは唯一のオアシスであるらしい。

さんまははらわたもくうべし

 さかなクンが出演した九月九日のラジオ番組をポッドキャストで聴く。この秋お薦めするさかなの紹介と、それらを料ってくれるお店を案内していた。ことしもさんまが大層美味しいそうで、そのさんまを餌にしている鰹も更に美味しいということである。昨年高値を呼んだ鰯も今年は漁獲量も多くなり、値もこなれて食べ頃だと話してくれた。さかなクンの他に料理評論家らしき人が出演しており、さんま料理や鰹料理の数々をシズル感たっぷりに語ってくれた。だがその際のさかなクンのリアクションは常軌を逸していた。相づちがほぼ「うひゃ~」「どひゃ~」の類で、まるでアラレちゃんなみの叫び声である。始末が悪いのは三十男の声が、アラレちゃんよりも遥かに甲高くバカでかいことである。

 密室に閉じこめてキンキン音を聞かせる拷問があると何かの本で読んだ覚えがあるが、まさに車中でこれを聴くという状況はそれに等しいのではないかと思いつつ、安全に気を配りながら無事帰宅する。

的を得ていて

平成日本正座事情

 小学生の頃に通った算盤塾は板の間に正座をさせられ珠をはじいていた。夏は畳んだ脚の内側から汗がしたたり出て不快この上なく、冬は底冷えした床の冷気が脛を通して染みてくる。ただ今と違い畳の生活が主であるから正座そのものに苦痛は感じていなかった。やがて米国を中心とした洋風文化の影響もあり、椅子の生活が中心となり次第に正座とは縁遠いこととなった。
 唯一長時間正座をしなければならない葬儀の場合、昭和四十年~五十年前半まではお寺で行われることが多く、畳に座布団をあて脚の痺れに苛まれることになる。故人の冥福を祈りつつ、ぼんさんの手元で繰られる教本の進捗具合に全神経を集中し、不敬ながら二三ページ読み飛ばしてくれないかと願いつつ痛みに耐えていた。
 これらを踏まえいつしか友人知人の葬儀を手伝う場合は、必ずと言っていいほど受付業務の役を願い本堂での着座を避け、正座そのものにネガティブな姿勢で取り組んできた。
 最近では葬儀会館で行われることが多くなり、やっとのことで長時間にわたる読経にも集中できるようになった。身体の苦痛から解放されお経を聴き入ってしまい、睡魔が襲ってくるほどである。
 
 今日は地元神社の奉納祭。町内の顔役や組長が集まり厳かに豊年満作を祈願し、巫女に扮した町内の子供がお神楽を奉ずる秋の一大イベントである。
 彼岸過ぎとはいえ真昼の気温は高く、直射日光は個人差もあろうが髪をすり抜け地肌に突き刺さるように紫外線を浴びせる。そんな厳しい条件の下、小学四五年生の可愛らしい稚児さんがスローモーションのような祝詞があげられるのを、ひたすらに舞台の上で正座をして聞いている。
 始まって二分も経たぬ間に奥から二番目の子の頭が揺れた。すると打ち合わせが在ったかのように次々と少女らの頭が揺れ、畳んだ脚がまるで故三平師匠のような動きを見せるようになった。居並ぶ子供らの全てに、正座による脚の痺れが襲ったのである。
 六十年前の日本においては想像だにできない不躾な振る舞いであるが、不甲斐ないと思うなかれ、全ては戦後の生活様式、教育現場の弊害がもたらした産物である。もはや若者に正座を強いるのは、真紀子に口をつぐめというのに等しいのかも知れない。
 

 出番が終わり立ち上がる際、舞台上で花菱アチャコのような仕草をしてバランスをとった子供が多数いたことが、今回唯一の見所であるような気がした。
 
 来年は練習してきてね。

かび

18866db1.jpg 日頃のイライラが積もり、ついには夫が勤める会社の理不尽な処遇にどたまにきた主婦が、会社に上司に社長にいぢわる(犯罪)や社会告発をし、鬱憤晴らしをする内容
 計画の途中までは理性を持っていたようだが実行段階では、ピッキングして不法侵入するは、怪しげな便利屋を使って住民票その他を不正入手する犯罪行為をするはで、まんまと目的を遂行するも所詮主婦の浅はかさ、足が着きテレビクルーに取り囲まれ、うざい女性レポーターに暴力を振るったところで取り押さえられ、地面に顔をつけられたら「かび」の匂いがしたぉ。てな話。
 
 弘兼の漫画みたいで面白くはあったが、己以外は娘だろうと全て敵だという設定の仕方は読んでいても些か気分が悪くなったが、実際の所、犯罪者の心理というものはこんなもんかいなとも思った。

高級パンを試食するときの心構えと準備を説くグルメな人のエッセイ

ふぉくすけ

4ec45a3a.gif なんか足袋の名前みたいなのに決定しております。
 キャラクタはスタッフの手によるものだそうですが、ちょっと、ちょっと芳しくないような気がする。
 これを元にして、絵心のある方々が寄って集って修正したほうが、オープンソースのキャラクタらしくていいのかしらん。

敬老会雑感

 早朝から地域の敬老会開催のため小学校体育館で下準備。昨夜来の雨により湿り気を帯びた重い空気が、西風の風に乗って体育館を吹き抜け、じっとしていても汗が迸る不快な環境下で着々と設営作業が行われる。
 フローリングに敷かれたビニル製のシート上に座布団を並べ、座卓の上にお茶や菓子を配り、およそ癖癖する挨拶しかしないだろう来賓のための演台を設え、後は開演を待つのみの状態にしてお役御免と相成った。約三十分ほどの作業ではあったが、まだまだ残暑が残る九月中旬のこと、すでに下着の背中部分はびっしょり汗をかき、少し延びた髪の間からはコップをひっくり返すほどの汗が垂り落ちてきた。

 最前より気温も上がり、雨上がりで床がべと付く程の湿度も相まって、不快指数(小生比)八十パーセントくらいの居心地の悪さ。加えてねちゃついたビニル敷きに充分な湿気を含んだカビくさい座布団が、今や遅しとご老人方を待ち受けている。祝福するべきはずの催しがちょっぴり罰ゲームの様相を醸し出している感のあることに気が付いたのは、はたして小生だけであろうか。
 
 敬老会出席資格取得までにはまだ二十年余り。
 どうか一つ、そのころまでには、テーブル席と空調設備の整った会場を用意してもらいたいと切に願うものであります。