し放題
札束握り放題であまつさえ処理に困って燃やし放題の役人、民間におかれましてはピンハネし放題で大いに放題三昧をしている中、我々庶民は、屋外看板や雑誌テレビなどで紹介または宣伝している各種の食べ放題に、食い意地を卑しくも反応させてるのみ。
三百円で半片詰放題の店頭POPについつい惹かれ、練り物売り場の列に加わり袋詰めに挑んできた。縦十五センチ幅八センチのビニル袋に紅生姜入り丸半片、牛蒡天、烏賊入り丸半片、竹輪などを好きなだけ詰め、セロテープで閉じられればオケというルール。初体験なので要領が分からず、先に詰め始めた団塊世代であろう主婦の手捌きに注目することにした。
様々な形状の練り物を隙間無く数多く詰め込むには、無理くり上から押し込んでも上手くいかないのは道理。緻密な計算のもとに形状を選び、種類毎の入り数を考えながら着々と作業は進行していて、見事なまでに隙間無く詰め込まれ、大いに元をとったであろう数の練り物を手に入れていた。
テープで閉じて場を譲るかと思われた主婦、次なる行動には度肝抜かれた。
まず人差し指を練り物とビニルの僅かな隙間にねじ込み、更に中指と薬指を滑り込ませ、入り口付近からは親指を使い練り物に圧力をかけつぶしている。更に三本の指で無理矢理圧し拡げたビニルの隙間に、竹輪が竹輪たる所以の穴を圧しつぶし、板状にして挿入しようとしている。入り口からは先ほどつぶし出来た空間に一本ならず二本の牛蒡天をも押し込みだした。
ビニルの耐久性と練り物の反発力との凄まじい対決。団子状の半片は碁石状になり、牛蒡天はくの字に折れ丸半片は正円を保てず、縦十五センチ幅八センチのビニル袋の中で練り物らが、阿鼻叫喚さながらにもだえ苦しんでいる。
揚々と立ち去る主婦を見て、半端な心構えではこれらに参加できないと大いに反省をしつつ、精一杯袋詰めを敢行。商売柄半片のデザインを尊重しつつ詰め込んだので成果上がらずも、普段五十円で売っている半片を十枚ゲット。これでいいよね。
三百円で半片詰放題の店頭POPについつい惹かれ、練り物売り場の列に加わり袋詰めに挑んできた。縦十五センチ幅八センチのビニル袋に紅生姜入り丸半片、牛蒡天、烏賊入り丸半片、竹輪などを好きなだけ詰め、セロテープで閉じられればオケというルール。初体験なので要領が分からず、先に詰め始めた団塊世代であろう主婦の手捌きに注目することにした。
様々な形状の練り物を隙間無く数多く詰め込むには、無理くり上から押し込んでも上手くいかないのは道理。緻密な計算のもとに形状を選び、種類毎の入り数を考えながら着々と作業は進行していて、見事なまでに隙間無く詰め込まれ、大いに元をとったであろう数の練り物を手に入れていた。
テープで閉じて場を譲るかと思われた主婦、次なる行動には度肝抜かれた。
まず人差し指を練り物とビニルの僅かな隙間にねじ込み、更に中指と薬指を滑り込ませ、入り口付近からは親指を使い練り物に圧力をかけつぶしている。更に三本の指で無理矢理圧し拡げたビニルの隙間に、竹輪が竹輪たる所以の穴を圧しつぶし、板状にして挿入しようとしている。入り口からは先ほどつぶし出来た空間に一本ならず二本の牛蒡天をも押し込みだした。
ビニルの耐久性と練り物の反発力との凄まじい対決。団子状の半片は碁石状になり、牛蒡天はくの字に折れ丸半片は正円を保てず、縦十五センチ幅八センチのビニル袋の中で練り物らが、阿鼻叫喚さながらにもだえ苦しんでいる。
揚々と立ち去る主婦を見て、半端な心構えではこれらに参加できないと大いに反省をしつつ、精一杯袋詰めを敢行。商売柄半片のデザインを尊重しつつ詰め込んだので成果上がらずも、普段五十円で売っている半片を十枚ゲット。これでいいよね。
御田
味噌おでんか関東煮かという瑣末な議論ではなく、戦後の経済発展がもたらした飽食文化を充分に享受してきた連中のおでんで飯(ごはん)が喰えるかという暴言に、嘗て善哉で飯を喰っていた小生としては憤りを感じざるを得ない。______________________
関東に住んでますが、
2006年10月11日11時58分
おでんは、おやつぐらいにしか思っていません。
ちょっと小腹がすいたときや、食欲が無いときに、食事代わりに「今日は、おでんで済ませるか」という感じです。
おでんとご飯を食事として取ったことはありません。
第一、おでんとご飯って、合いますか?
食べてもたいして栄養価なさそうだし。
他にも惣菜が並んでいて、その中の一つがおでんというのなら、判りますが、おでんだけでは、ご飯は食べられません。
______________________________
なかなかヘルシーなおでんを食べていらっしゃるようです。
ごまは以前からすごく大好きで、1日10粒は食べようと心掛けています。
人気絶頂のモデルさんの発言。擂ったり煎ったりした胡麻は、このところは弁当持ちで出掛けることが多く小生も口に入れる機会が増えている。冷えた飯を美味しくするべく、紫蘇のふりかけや塩昆布などを添えているが、味付け胡麻を混ぜ込んだりふりかけることも屡々である。その際、今日は胡麻を何粒飯に混ぜ込もうとか、ドラゴンズファンである由縁起がいいので66粒掛けて持って行こうなどと面倒なことは思ったこともない。
胡麻よりも大振りな米でさえ「ダイエット中なのに昨日飯1,645粒も喰っちゃった」などの表現も聞き及んだこともないのだが、昨今若い娘らの間では、胡麻をふりかけたりしゃじで掬ったりするときに何粒かを数えるのが流行っているのだろうか?
ところでこの胡麻パソ、何粒くらいかヵってぃるのだろぅ。
ごうにはいってはごうにしたがう
昨夜のテレビ番組で司会の竹山氏がフィリップに書かれている故事をこう読み上げた。
入(い)るとは、このほかにも多く使われており、小生の場合はそれらのほとんどを読んで覚えたわけではなく、年長者からの聞き覚えや落語に演歌・歌謡曲などから大いに学んできた。
テレビ局は大切な耳からの情報を、斯くの如く日々歳々おかしな情報をアホタレを通じて垂れまくり、多くの視聴者に間違いを伝播しておきながら、日本語のあれやこれやの 番組を放送して日本語が乱れているなどとぬかしている。恐れはいったことである。
しかしながら紙芝居よろしく、フィリップの裏に読み仮名を振るのも有効な解決策にはなるまい。そもそもが制作者の質の低下が因と成っているのだとしたら詮無いことか。
入(い)るとは、このほかにも多く使われており、小生の場合はそれらのほとんどを読んで覚えたわけではなく、年長者からの聞き覚えや落語に演歌・歌謡曲などから大いに学んできた。
テレビ局は大切な耳からの情報を、斯くの如く日々歳々おかしな情報をアホタレを通じて垂れまくり、多くの視聴者に間違いを伝播しておきながら、日本語のあれやこれやの 番組を放送して日本語が乱れているなどとぬかしている。恐れはいったことである。
しかしながら紙芝居よろしく、フィリップの裏に読み仮名を振るのも有効な解決策にはなるまい。そもそもが制作者の質の低下が因と成っているのだとしたら詮無いことか。
政治のはなしは難しすぎる
政治の話ってテレビやラジオの番組を聞いてても、知ってるもん同士でしゃべっているから何がなんだか分からない。と「触るな」のコンビ名で活躍している柴田が宣う。
だいたい衆議院と参議院と何処が違うの?と、「決死隊」蛍原と「衝動」デブに尋ねる。
「おれ、けっこう政治には詳しいやん」とほとちゃん。
「要するに、人力舎で例えるなら衆議院は光浦で、参議院は虻川やんか」「光浦がああだと言えば虻ちゃんは従い、虻ちゃんがこうだと言っても光浦が違うと言えば通らない、光浦の方がちょっと偉い」と頓珍漢な解説をし、三十過ぎの男らがラジオ番組で面白トークをしていた。
「そういう分かりやすい説明をしてくれないと、政治に興味があっても理解しづらい」と柴田。
いい年こいてから麻雀を覚えたい奴に、ドンジャラから教えにゃならんのかいな。めんどくさい奴め。
だいたい衆議院と参議院と何処が違うの?と、「決死隊」蛍原と「衝動」デブに尋ねる。
「おれ、けっこう政治には詳しいやん」とほとちゃん。
「要するに、人力舎で例えるなら衆議院は光浦で、参議院は虻川やんか」「光浦がああだと言えば虻ちゃんは従い、虻ちゃんがこうだと言っても光浦が違うと言えば通らない、光浦の方がちょっと偉い」と頓珍漢な解説をし、三十過ぎの男らがラジオ番組で面白トークをしていた。
「そういう分かりやすい説明をしてくれないと、政治に興味があっても理解しづらい」と柴田。
いい年こいてから麻雀を覚えたい奴に、ドンジャラから教えにゃならんのかいな。めんどくさい奴め。
日記に続いて仕事の予定表までも公開してしまうweb2.0。
時々覗いているblogにあったネタ。ぐぐるカレンダでスケジュールを公開しまくっている大人が大変多いそうです。
早速検証するためカレンダのアカウントをとり、某有名宣伝会社で検索。三十六件表示されその何れもがかなり詳細に予定を書き込んでおり、流石日本の広告界を牽引しているリーディングカンパニーの社員は違うなと思わず感嘆。
これってデフォルトは非公開なのだが、チームか何かで共有しているのかしらん。
