北朝鮮が保有するT-72の唯一の証拠(写真右側)
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始めに
「北朝鮮がソビエト製T-72戦車を保有しているらしい」「90年代にロシアから導入された」という情報がかなり前から出回っていますが、今までは確かな証拠が存在しませんでした。
そのような中で、私は2018年に北朝鮮がT-72戦車を保有しているという確実な証拠を偶然に発見することができました。
北朝鮮が同戦車を保有している事実とそこから得られた技術の転用については私が少し関与した朝鮮人民軍本で明らかにされていますが、証拠となる画像が画質の問題で掲載されないことが判明したために公開の場が失われてしまいました。
私としては、画像が掲載されずに死蔵されてしまうので本に掲載された情報の信頼性が低くなってしまうのではという懸念や、私個人がイランの友人から興味深い情報を新たに得たことから、何らかの形式でそれらを公表したいという思いが心の中に残っていました。
そのような中で本が無事に発売され、販促を兼ねた新ブログが設立されたことに伴い、この情報を公開することにしました(著者の承諾済み)。
結論
- 北朝鮮は最低でも1台のT-72を保有している(North korea have at least one T-72.)
- そのT-72の形式はT-72「ウラルl(172M-E1/2)」の可能性が高い(This T-72 type is very high possibility that "Ural".)
- 入手した時期は1985年前後から1992年4月までの間である(It was obtained by North Korea between around 1985 to April 1992.)
- 北朝鮮にT-72を供与したのはイラク・リビア・シリアのいずれかと思われるが、イランが対イラク戦争で捕獲したイラク軍のT-72を供与した可能性が最も高い(It seems highly possible that Libya or Syria or Iraq provided T-72s to North Korea. But, Iran most likely supplied ”Iraqi T-72" that captured during the war against Iraq.)
証拠や推測の理由
「一生涯人民の中で」という、北朝鮮の最高指導者だった金日成・金正日の軌跡を紹介する内容の記録映画があります。これはシリーズものであり、朝鮮中央テレビでも過去に数回は放送されています。
この記録映画の第9集目である「一生涯人民の中で9」前半の一部で両氏が88式自動小銃やPT-85(82式)軽戦車、AGS-17自動擲弾銃を視察している場面が紹介されますが、問題は8分54秒から9分02秒にかけてのカットにあります。
その部分には金正日氏が自動小銃の弾丸を手に取って観察する様子が収められていますが、その右後部に戦車が展示されていることがわかります。この戦車を映した画面はこのカット(一番上に掲載した画像)しか存在しませんが、それでも以下の特徴からそれが明らかにT-72であることを確認することができました。
- 車体後側の中央に円形のトランスミッション点検パネルがある(T-55やT-62戦車の同パネルは車体後側のやや右寄りにある。また、T-62の同パネルの下側の車体下部に張り出しがあるので、その差は一目瞭然です)。
- 砲塔ハッチ内側の形状がT-72のそれである(T-55やT-62と形状が全く異なります)。
問題は、これがいつ撮影されたのか?ということですが、北朝鮮の制服や人名などに詳しい「かん・うぉんす」氏に問い合わせてみました。同氏から、
- 映像に映っている呉振宇(当時の人民武力部長、最終階級は元帥)の階級が次帥であるから、1985年から1992年であることは確実です
との回答を得ることができました。映像では、呉振宇部長は金日成主席の右隣にいることが確認できます(下の画像を参照)。
呉部長が次帥の階級にあった時期を調べてみると、
- およそ1985年4月13日から1992年4月20日
- およそ1985年4月13日から1992年4月20日(1986年9月から数ヶ月の間を省く)
と推測することができます。
ただし、この記録映画の流れ(白頭山に正日峰の文字が刻まれた後に戦車のシーンに移る)や金正日氏の服装を見ると、1988年夏以降の可能性はありますが、確定できる根拠が薄いために特定には至りませんでした。
- 緑を基調として黄色系の塗装が施された塗装であること
- 車体の左後部が損傷していること
が分かります。
ソ連から購入した場合、損傷したものをわざわざ導入するでしょうか?また、最高指導者にそのような車両をわざわざ見せるのかという問題もあります。
そこで、塗装に注目しました。私は旧イラク軍のT-72が同様の迷彩塗装を施していたことを記憶していたからです。しかし、イラクがいつ輸出したのかという問題があります。
この映像のT-72を既に把握していた(おそらく世界で最も早くこの存在を発見したと思われる)オランダのジャーナリストであるStijn Mitzer氏に確認したところ、
- 中東で捕獲された車両を北朝鮮が入手したと思われる
との回答がありました。それを踏まえると可能性としてあげられるのは、
- イラン・イラク戦争中にイランが捕獲したイラクのT-72を北朝鮮に提供した
ということです。それであれば車体が損傷している理由も自然です。
そこで、T-72戦車に詳しい「むすた-M」氏にこのT-72の形式や問い合わせてみました。同氏からは、
- このような塗装をしたT-72保有国はイラク・シリア・リビアしかない
- これが鹵獲車両の場合、イラクのものをイラン経由で入手したと思われる
- シリアやリビアからの場合はもっと良い状態のものが入手できるはずだ
- イラン・イラク戦争中に鹵獲されたイラク戦車であるならばT-72ウラル(172M-E1/2)の可能性が高い
との回答を得ることができました。
いずれも北朝鮮と関係の深い国のため導入も容易そうに思えますが、それでもわざわざ損傷した車両を供与するとは思えません。また、イランがT-72を新規に導入するのは1993年頃からであることからも金日成の存命中であったことを踏まえると北朝鮮が入手した時期が一致しない可能性が高いということになります。
しかし、北朝鮮にT-72を供与した相手について、2019年9月にイランの友人から興味深い情報を入手することができました。彼は同月のテヘランにて、元イスラム革命防衛隊の司令官または指揮官クラスの人物(氏名不詳。現在は大学で戦史の教授をしているとのこと)にこのことを尋ねてくれました(当時は「聖なる防衛週間」に併せて軍事装備や撃墜された米軍の無人機などの展示会が開催されており、そこには退役軍人達も多くいたのです)。その人物から得られた回答は、
- イランは北朝鮮にイラクから鹵獲した戦車を供与した
- 供与は私たちの兵士(革命防衛隊?)を北朝鮮が訓練するという見返りに行われた(ただし、北朝鮮による訓練は実現しなかったとのこと)
- 供与した時期はイラクとの戦争中だったかは忘れた(数は不明)
- 私たちは北朝鮮にミサイルなどを一切供与しなかった。それらの情報がソ連を通じてサダム(イラク)にもたらされ、私たちを不利にすることを恐れたためだ
という極めて重要なものでした。
イラン人ジャーナリストのBabak Taghvaee氏によれば、
- 通常、鹵獲兵器は革命防衛隊によって管理される
とのことですから、その証言には矛盾がないことがわかります。
彼はT-72とは明言していないものの、北朝鮮は既にT-55やT-62戦車を保有しているため、わざわざ同型の戦車をイランから調達する必要性はありません。その点からこの戦車についてはT-72であると考えるのが妥当です(「T-72を送ったのか」という質問に対する回答ですから、当然かもしれませんね)。
これで北朝鮮がイランからT-72を入手した可能性が極めて高くなりました(証言のみであることから「確実」とは断言はしません)。
もちろん、これ以外にもT-72を北朝鮮が入手した可能性はありますが、記録映画が撮影された時点では1台しかなかった可能性を推測することができます(通常、最高指導者に粗末な状態の装備を見せることは考えにくいです。それでも見せたことは「これしか存在しなかったから」という推測を補強します)。
北朝鮮が「T-72を入手して何を得たのか」、「何に活用されたのか」については上記の朝鮮人民軍本に掲載されているとのことです(興味がある方は是非お買い求めください)。
おわりに
実は、この記録映画は数回も朝鮮中央テレビで放送されていました。当然、私はこのT-72が映った場面も観ていましたが、「どうせT-55かT-62戦車だろう」と特に注意していなかったのです。
北朝鮮による公開資料は少ないこともあり、一度よく入念にチェックすることは当然ですが、何度も見返すことで「新しい発見」を得られることがあります。この記録映画もそのように新たな発見を求めて見返していたところ、T-72の発見に至りました。
今回の件についてはOSINT(オープンソース・インテリジェンス)の重要性を改めて認識する出来事でした。
最後に、今回の記事の作成にあたり情報を提供していただいた皆様にこの場にて御礼を申し上げます。
※ 参考資料
- 惠谷恵『北朝鮮解体新書』(小学館、1997年)
- 後藤仁『T-54 T-55 T-62戦車写真集』(株式会社ホビージャパン、2018年)
- Przemyslaw Skulski『T-72戦車写真集』(株式会社ホビージャパン、2020年)