こざるのブログ

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多忙なヒマジンの日常。。

また1年以上あけてしまった。。。

ここ数カ月?ジャニーズ事務所内における性加害報道がすごい。。
これ、収束するのかなぁ。。着地点がよくわかんないゎ。。。

ジャニーさんが亡くなった時点で「ジャニーズ帝国は崩壊する」的なことは予測できてたけど、、こういう形で吊るし上げられる事態になろうとは…(呆)。。。

SMAPが解散するだ、滝沢くんが副社長だからの辞めるだのあたりで、
ジャニーさんVSメリーさん&ジュリーさんVS飯島さんの派閥争い的な話もすごいあって、
「いろいろと問題のあるややこしい事務所なんだなぁ…」て印象もだいぶ前からあったけど。。。

ジャニー喜多川さんが特殊な嗜好をお持ちで、
「同じ嗜好はなく、ただ夢を追っていただけの男子が、圧力で食い物にされてた」は
もちろんダメなことで、被害者ご本人が望む形で救済されて欲しいけれど。。。
繰り返しちゃいけないから今キチッとするのも大事だけれど。。。
……過去は過去なわけで……さ…。。。
加害者ご本人が亡くなっていて、確実な証拠がない案件に対して、、、

便乗して嘘ついて金をせしめようとする輩も出てくるんだろうし…。。。
今在籍している人たちが、仕事干されたり白い目や好奇の目でみられたり。。。
別にジャニタレを推していたわけではないんだが、、いろいろとモヤモヤする。。

…とりあえず、具体的に誰がどれだけの被害を受けたかは証明しようがないにせよ、
間違いなく被害者と言える人も少なからずいそうだてところははっきりしてそうだから、
『ジャニーズ事務所』て名前は変えた方がいいと思うんだけどな。。。

ジュリーさんという人がどういう人なのか全く知らないけれど。。。
仮に叔父の性加害を知っていて見て見ぬふりをしていたとして………。。。

…普通に姪が叔父に物申せるかというと…、それは厳しそうな気がするから、
彼女にその責任を負わせるのは、なんか違う気がするんだよなぁ。。。

※…ただ、、株主とかそういうポジションにいる限り攻撃は食らい続けるだろから、、
表向きだけでも引責辞任の体で、ご本人がご本人の意思で「やめまーす」て辞めて、
……この流れにおけるジュリーさんの立ち位置に理解示して、
同情してくださりそうなところに再就職でもぐりこんで真っ当に働く方が、
大衆を適度に納得させつつ、ご自身の生活をはやく立て直せる気はしてるけど……。。。

東山さんの「俺のソーセージ」発言問題も事実か嘘か知らんが、このタイミングで古い話を蒸し返して攻撃する意味がよく分からない。。
あさイチでの立居振舞を評価されていたV6井ノ原さんだけは、この件に関して唯一白い人っぽく見えるから、「いのっちがんばれー」と思って眺めているけれど。。。
いのっちや弁護士さんが今の状況を変えようと真摯に対応を試みても、、、

報道の在り方や大衆の声がまともな着地点を生む流れになっていないように見えるんだよなぁ。。。

どうなるんだろうね。。この問題。。

それは今から40年ほど前の昔々のお話。(※年齢バレるなw。)

相当に田舎住まいの私のエリアの小学校は休校で、
市の教育委員会から補助金もらって徒歩では通えない小学校に通っていた。

地元の小学校は休校だけど、公民館として利用されていた。

今から思えばいわゆるアマクダリで、
教育委員会の”元偉い人”が「公民館長」という肩書で着任されていた。

私が小学生だった頃に「公民館長」としてお見えになったのは。
それはそれはやる気ある感じのおじさん。どっかで校長先生もされたらしい。
この過疎ってる地域に「子供会」を作ると…。

 

村内に子供は数人しかいませんけど………?
※小学校が休校になるくらいだし…
 

…と思ったら、田舎暮らしを知らない市街地の子供たちを呼び寄せて、
「田舎の子供たち」と「ちょっと市街地の子供たち」の交流を図り、自然と触れ合う会にする!

とのこと。。。

ここまで聞くと、ちょっと素敵な会に思えるでしょ…???

 

 

今から40年ほど前と言えば、
任天堂のファミリーコンピューターやディスクシステムが飛ぶように売れた時代。
子供たちの遊びが、外で元気に遊ぶ → 屋内でテレビゲームをする に移行し始めた時代で、

新しいものが大好きな子ほどハマったし、自分が持っていなくても、持ってる子の家にカセット持って集合してピコピコ遊ぶのが楽しかった時代だ。
親たちは「子供が家でゴロゴロ テレビゲームばっかりする…!」と、

自身の子供時代と違うスタイルに飽きれたり心配したりして

「日の光を浴びないモヤシのよう」「これでは運動能力が発達しない」「目が悪くなる」etc

「もっと外で遊んで欲しい!」とテレビから引きはがそうとするも、、
親に命令されればされるほど、子供たちというの反抗するもので

…まぁ逆効果、、という時代。

 

そんな時代だからこそ「公民館長」発案の子供会は

市街地の親御さんたちの受けが良かったらしく、応募が殺到し抽選制になったらしい。

………一方で、数の少ない田舎の子供たちは、まぁ強制参加。

 

かくして本当は家でのんびりファミコンで遊んでいたいのに、

親の命によりかき集められた子供たちが、超ド田舎の公民館に大集合した。


さて、この状況下、、何かとストレートな子供たちの不満はどういう形で出るでしょう??

市街地の子供たちは、下水道すら整備されていない田舎とそこに暮らす人々を、まぁ馬鹿にする。

田舎の子供たちは、無礼な見知らぬガキどもにひたすらバカにされながら、別に珍しくもなんともない近所の散策に付き合わされて、面白いわけがない。

…無知なくせに知ったかぶりで土足で踏み荒らす感じ、ってあるでしょう…??
本人たちに悪意はないのか知らないけれど、知らないガキどもに横柄な態度でつっかかられて、とにかく嫌な感じ。。

私自身はちょいと事情があって、イヤイヤこの会に参加していたわけだが…、

2年目に突入してその事情が消滅したことにより、行く必要がなくなった。
すると、近所の酒屋の3兄弟も「こざるちゃんも来てないし」で行かなくなった。

すると、近所の兄妹も「酒屋さんとこも来てないし」で行かなくなった。
他は田舎から引っ越したり、中学に進学したから卒業したり…。

………残ったのは公民館のすぐ近くに住まう3姉妹のみという状態になった。
※3姉妹の長女曰く「お祖母ちゃんが行けというから…」とのことでイヤイヤ参加してたポイ。

 

…私から見ると、他の子たちが行かなくなった理由なんて知ったこっちゃないし、
正直、、、たぶんみんなイヤイヤだったもの…。。。当然の流れでしょ…。。。

というところなんだけど、公民館長は「こざるが来なくなったから全員こなくなった!!」と言っていたらしい。。。(※3姉妹の長女情報)

 

「ふざけんな。来てほしかったら、行きたくなるような面白い会にしやがれ」

とバッサリ斬り捨てた小生意気なクソガキが当時小学5年生だか6年生だかの私である。

 

 

という昔話を通して、私が何を言いたいかというと、、、

私、1年は我慢して通いましたよ。。。

この1年のうちに、近所のおじさんが公民館長所業についてクレーム入れたのも知ってますよ?
だが、公民館長は改める気配がなかった、最初に「素敵だ」と称賛されたその理想を具現化した会を、実際に走り始めて見えたはずの諸問題をなんら修正することなく推し進めた結果であるにもかかわらず、その失敗は自身のせいではなく「ある日突然来なくなった、小学生の小娘のせい」なわけです。。


私は今でも自分が間違っていたとは思っていない。

 ※いやいやながらも1年も参加し続けたなんて、充分協力したよ???とすら思ってる。

館長もおそらく自分が悪いとは思いいたることはなかったでしょう。。

ただただ生意気だった小娘は…
その後、結婚も出産も経験することなくダラダラ生きて、
周囲ははやい子には孫もいるであろう年齢になって、
ついでに家業を継いで、自分で色々決断してすすめて行かなきゃイケナイ身分になって、

当時を振り返る……。

自分の理想だけで邁進するのは良くないなと。
元偉い人ほど自分を過信する、いわゆる『老害』になりがちだ。。
私はド底辺で生き続けているけれども、、、
人間年を重ねるほど頑固になるし『老害』と言われる人物にならないとは言い切れないなと。。



数年前からバイト先の社長が、当時の公民館長と同じ理想をかかげて、
うちの地元で事業を起こそうとしている的な噂をどこかから聞いたのね。。
………過去、ちょっと都会民のその高邁な理想により、イヤな思いをした現地の子供目線で
「おすすめはしませんよ」と言ったのだけれど。。。
……今と当時は事情が違うな。。。

 

当時の親たちは、子供にはテレビゲームはほどほどにして外遊びをしてほしい世代。
今の親たちは、子供がテレビゲームをすることに当時の親ほど抵抗がない世代。
→→→子供たちの外遊びに対する向き合い方が違う
というのを、上司の子供たちを見ていて感じるのだ。


自分の成し遂げたいことを成し遂げるために巻き込んだいろんな人。
なにをしても不平不満ばっかりで、まともな改善案を出してこない人もいたりして、
むかつくことも多々あるけれども、、、それでもよりよくする努力は常に必要で、
お互いに謙虚な気持ちで話し合うことによって、うまい落としどころを作って、

お互いに納得し合うて作業は必要だよねと。。。

 

自分の価値観・目の前の誰かの価値観。利害は一致しない方が多い。
状況を見極めて柔軟に判断して歩み寄ったり譲ったりをできていないと、

本当に譲れないものを守ることもできなくなる。
常に自分を顧みて、気をつけないとなぁと思う今日この頃。。。
……私は柔軟な大人になれているのかなぁ。。。

要らないものを捨てることって大事。

要らないもがたくさんあることによって、要るものが埋もれてしまうから。

物理的なモノにしてももちろんそうなんだけど、
コレ、人間関係に対しても言えるよね。

 

要らない人は切らないと、その人に費やす時間が無駄すぎる。
その人に対応している時間もそうだし、

あとで「なんだかなぁー」ってモヤモヤしている時間もそうだし。

なんやかや事情があって、気をつかって接してた人がいたんだけれど、
その人は私を完全に下に見ているようで……

下に見てないのにその態度なのだとしたら、それはそれで問題でしょ…
っていう人がいて「気ぃ悪いな…」「モヤモヤするな…」て思いながら、
作り笑いで対応してる自分に「なんか、違うな」と。

ワタシもともと、それが輪の構成員だったとしても、スッパリサッパリ切る人だったゎ。
※輪の集まりに、表向きは「こういう事情で不参加」ってことにしてるけど、

 真の理由は「ヤツがうざいから一緒にいたくない」を信頼できそうなごく一部の人にだけ伝えて、

 変に絡まれそうな気配があったら、さりげなく逃がしてもらったりとか………

 まぁまぁあったゎ。。。

年を重ねるほど、忍耐力がないのは子どもっぽい気がして、

「いい加減大人になろうぜ、自分」て、意識的に我慢を増やしてきたけど、「違うな」って。

 

もちろんわたしも聖人君子ではないから、周囲にいろいろ我慢してもらってる部分はあるだろう。
譲るところと譲れないところは意識して、自分の精神衛生は自分で守らないと。
本当の意味で自分を守れるのは自分だけなんだし。

というわけで「この人は構わなくていい」という括りにぶっこんでしまうと、気が楽になった。

その決定した翌日になんかメッセージ来てたけど、モノは言い方、

翻訳すると「貴方にさける時間はございません」て内容を事務的に回答して終了!!
大人に必要なのは、そこで波風を立てずにスルッと自然にひく対応力だよね。

輪の構成員だから、他の人々に迷惑かかるようだったら、
また一部の信用できる人だけ繋がって、残りは全部切っちゃえばいいのさ。
そうすると自分の時間は増える。そこにはまた新しい何かが入ってくる。

要らないものと、迷うものは、定期的にバサッとお掃除お掃除。
さぁて!あいた時間に何をつめこもうかな!!!