バルミューダ | 出力モード

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アウトプットがインプットの質を高めるのでは?

日本マーケティング協会発行の

「マーケティングホライズン3号」の

巻頭トップインタビュー第2弾。


前回のヤッホーブルーイング に続いて、

家電メーカー「バルミューダ」

寺尾玄社長です。


* * *


自動車と並んで

日本を代表する産業であった家電業界が、

昨今、極めて苦しい状況に追い込まれている。


中には「日本のものづくりは終わった」とさえ

表現する論調も決して少なくない。


確かに規模が大きくなり過ぎた大手メーカーからは、

人々の心を動かすような画期的な商品が

生まれていないのも事実だろう。


しかし、そんなものづくりの領域で

新しい動きも起こっている。


その1つがここでご紹介する

バルミューダ株式会社だ。


まるで自然の風のような優しさを

感じられる扇風機「GreenFan」シリーズ、

従来製品と比べて12倍もの花粉対応力がある

パワフルな空気清浄機「JetClean」など、

同社は家電領域で高い機能性を持つ製品を

世に送り出している。


各製品は技術に裏付けされた性能の高さとともに、

デザイン的な美しさもあわせて評価されている。


これらの性能やデザインは

決してつくり手の独りよがりなどではなく、

きちんと販売実績に結び付いている点が

大きな特徴である。


同社の代表取締役である

寺尾玄氏に話をうかがった。


* * *


-起業当初はノートパソコンの冷却台や

LEDの照明器具などをつくられていますが、

途中から扇風機や空気清浄機へと

主力商品が大きくシフトしています。

そのきっかけは何だったのですか。


初めのころは「かっこいいもの」を

つくることに重きを置いていました。


ただ、それでは年間販売台数が

数百というあたりで止まってしまっていて、

「このまま続けていって、

それはハッピーなんだろうか?」と

自分自身で疑問を持つようになっていきました。


そんな折に、2008年のリーマンショックで

業績が急速に悪化して、

このままではやっていけない

というところまで追い込まれたのです。


-その時にどんなことを考えたのでしょうか。


結果が出ていないならば

何か理由があるはずで、

まずはそれを認めないと

次の施策を打てません。


そこでまずは現状を

冷徹に確認してみることにしました。


その結果、これまでの私たちは、

「世の中に必要とされる商品」を

つくってこなかったということに気付きました。


どんなにかっこよくても、

それは必要なものではなかった。


そうではなくて、もっと多くの人に

使ってもらえるような商品を

つくりたいという風に

思いが変わっていきました。


-方向転換をする上で、次に進むべき道を

どうやって模索したのですか。


私はまず「大企業」というものに注目しました。


当たり前のことですが、

今あるどんな大企業も最初から

大企業だったわけではありません。


彼らに共通する要因は、

時代の波に乗ったということだと思います。


そういう大きな波に乗らない限り、

あそこまでの規模にはなれないはずです。


では、「次に来る時代の波は何だろう?」

と考えてみました。


そこでたどり着いたのが、

地球温暖化そして化石燃料の枯渇という問題です。


これらは以前から指摘されていることではありますが、

エネルギー消費に不安が付きまとう時代は

これからもずっと続くと思いました。


ひょっとしたら、10年後には

エアコンを好き勝手に点けられない時代に

なるかもしれません。


そんな「暑い・寒い」という

シンプルな問題を解決するものが、

今後世界に必要とされるのではないかと考えたのです。


-そうした冷暖房の領域の中で、

「扇風機」というジャンルに

着目したのはなぜでしょうか。


暑さや寒さを解決すると言っても、

いきなりエアコンをつくることは

当時の私たちには技術的にも

資金的にもできませんでした。


そんな中で扇風機というのは、

誰もがまだ本気でチャレンジしていない領域だと

気付いたのです。


扇風機自体は昔からある機械ですが、

大手メーカーも利益率の悪さから

次々と撤退していった市場です。


けれども、夏の暑い時でも

エアコンを使いたくない人というのは結構存在して、

彼らは扇風機を求めていました。


ですから、決して需要がないというわけでは

なかったのです。


-とは言っても、市場自体は停滞していました。

その中で新たな技術を開発して

立ち向かえるという自信は最初からあったのですか。


我々の主力商品となった

「GreenFan」ほど高い完成度のものが

できるという確信は、当初はありませんでした。


ただし、「扇風機は良くなるべきだ」とは強く思っていました。


「じゃあ、いい扇風機って何?」

ということを次に考えたのです。


この答えは実はシンプルで、

それは「自然の風が出ること」です。


大抵の人は扇風機に

長い時間当たっていられませんよね。


だから首振りの設定にして、

一瞬しか風が当たらないようにしています。


でも、涼むために使っているのに涼めないというのは、

本来おかしなことです。


一方で、扇風機とは違って自然の風というのは、

ずっと当たっていることができます。


-自然の風と扇風機の風は何が違うのでしょうか。


扇風機の場合、羽根が生み出す空気の渦が

そのまま人に当たります。


その人工的な渦こそが当たり続けられない原因です。


かたや自然の風ではそういう渦がなくて、

空気が面で移動しています。


たまたまお世話になっていた町工場の人が、

扇風機の風をわざと壁に当てて、

跳ね返った優しい風で涼んでいたことがヒントになりました。


そこから、扇風機の風の渦を壊せば

理想的なものになることに気付いたわけです。


その先は、どうすれば1枚の羽根で

それを実現するかの試行錯誤でしたね。


-実際の商品化はスムーズに進んだのですか。


その当時、会社の業績は急速に悪化していました。


キャッシュが大幅に不足していて、

そのまま行けばあと半年で倒産するという事実が、

はっきりとわかっている状況でした。


ですから、半ばやけっぱちで、

どうせ潰れるならばやりたいことを

徹底的にやってみようと開き直りました。


そうしたら、理想の羽根が出来てしまったのです。


そうなった以上、これを世に出さずに

会社を潰すわけにはいきません。


でもそこからは大変でした。


どの銀行も融資してくれない中、

あちこちに資金調達のために走り回って、

何とか製造にこぎつけることができました。


-「GreenFan」は3万円以上もする高価な商品です。

これはあえて高く設定しているのですか。


いいえ、違います。

これでも我々が提供できる最安値に設定しています。


ただ、当初は「3万円の扇風機なんて売れるわけがない」

とみんなに言われましたよ。


確かに街の雑貨屋や家電量販店では、

安いものならば1,000円くらいでも

扇風機は売っていますから、

そう思う人がいるのは仕方ありません。


-発売をしてみて反響はいかがでしたか。


初年度の目標は数千台でした。

この数字をクリアすれば周りの皆さんに

迷惑をかけずに済むというものでした。


ところが、結果的には数万台が売れました。


自分自身、売れるという自信はありましたが、

ここまで売れるとは

正直思っていませんでした。


-同じ時期にダイソンから

羽根のない扇風機が発売されて

話題になりましたが、影響はあったのでしょうか。


あれは本当に追い風になりました。


私たちの商品だけでしたら、

いくら性能が良いと言っても

市場が反応してくれなかったかもしれません。


なにせ無名のメーカーでしたからね。


けれども、掃除機ですでに有名だった

ダイソンが扇風機を発売するとなったので、

「ハイエンド扇風機」という

ジャンル自体が話題になりました。


やはり2つ以上の商品がないと、

市場というものは形成されませんから。


-バルミューダでは扇風機の他にも、

吸引力の強い空気清浄機など

商品力の高いものを生み出していますが、

開発はどのように進めているのでしょうか。


基本的には私が頭の中で練っている構想を、

社員と一緒に具現化していく

というやり方を取っています。


その際には、エンジニアとしてではなく、

一人の消費者として発想していきます。


「なんでこうなっていないんだろう?」とか

「もっとこうだったらいいのにね」と、

あくまでユーザーの目線であることがポイントです。


ただし、私たちは

消費者リサーチの類は一切やりません。


聞けば様々な意見が出るでしょうが、

最終的に信じるべきは己のセンスだからです。


私が賭けるべきは自分の感覚であって、

決して他者の意見ではないと思っています。


-営業の人員が極端に少ないそうですが、

それは意図的なものですか。


大前提として全社的に人員不足なので、

営業に人を割けていないという事情は確かにあります。


ただし、私たちはGreenFanを通じて、

本当に必要とされるものをつくりさえすれば、

必ず売れるということを身をもって体験しました。


ですから、追求すべきは

「どう売るか」ではなく、「何をつくるか」なんです。


そのWHATこそが勝敗をわけると思っています。


私は開発陣に対しては、

「営業に勝ち戦をさせろ」と常々言っています。


-では、「売る」という点では

特に新しい取り組みの予定はないのでしょうか。


実は近い将来、

直営店を出したいと考えています。


私たちの製品の良さは、

なかなか家電量販店だけでは

伝わりにくいのも事実です。


全体のラインナップも見せていきたいですし、

何より1つひとつの製品について

きちんと説明をして、

理解していただきたいと思っています。


例えば、GreenFanでも

心地良い風が当たる適度な距離というのがあって、

そういうものもしっかりと伝えていきたいですね。


-苦境が伝えられる日本のメーカーを見ていて

思うことはありますか。


日本の大手メーカーには、

まだまだ技術力はあるはずです。


けれども、肝心のアイディアが少ないように見えます。


ここで言うアイディアとは、

何が求められているのかを掴みとる嗅覚やセンスです。


それは決して調査からは出てこないものだと

私は思っています。


ただ、果たしてここまで巨大になってしまったメーカーが

経営者のセンスでリードしていけるかと言うと、

確かにそれは難しいでしょう。


裏を返せば、そこが我々の強みです。


機動力を生かして、

私がこれぞと思うところに

大胆に攻め込んで行けるわけです。


もちろん規模が小さいだけに、

その賭けが外れたら大変なことになってしまいますが、

それは覚悟の上です。


-アイディアは良かったのに

商品化しなかったものもありますか。


我々は「暑さや寒さを解決すること」を

1つの軸に据えていますから、

ヒーターの開発を進めていたこともあります。


実際にプロトタイプまでつくりましたが、

自分たちが期待するレベルの性能まで

その時点では到達できなかったので、

その開発は一旦中止にしました。


やはりまずは技術、

そしてその結果としての性能が大事だからです。


-バルミューダの製品は

技術とデザインが両立していると思いますが、

そのあたりのバランスは

どう考えているのでしょうか。


世の中にはデザインだけを

追求しているメーカーもあります。


けれども、彼らのつくっているものは

外見が良かったとしても、

中身の技術は数年遅れというものが多々あります。


そこには当然ながら

技術革新は決して訪れませんし、結果的に

そこからは大ヒットが生まれることもないでしょう。


私は起業当初から技術に対する思いはありましたが、

やはりすごい機能を持っているということが

まずは必要とされるための条件だと思っています。


ただし、ただ機能が優れているだけもダメで、

「すごい機能を持った美しいもの」こそが

本当に強いんです。


-技術的な面はほぼ内製化ですか。


例えば空気清浄機のフィルターなどで

外部に協力をお願いする、

というようなことはもちろんあります。


けれども、製品の基幹とも言える機構や回路、

そしてソフトウェアなどは、全て自前でつくっています。


中国の下請けに全部を丸投げ

というメーカーもある中で、

ここまで徹底して自社でやっているところは

少ないと思います。


ちなみに製品に限らず、

ウェブサイトやカタログまで自分たちでつくっています。


それは自分たちでやった方が

速くて完成度が高いからです。


他社に頼んで面倒になるよりも、

よっぽどいいものが出来ます。


-海外展開にも取り組んでいるのでしょうか。


アジアでは韓国で昨年から販売を開始しています。


そしてヨーロッパでは

先日ドイツに現地法人をつくりまして、

今年中に製品を売り始めます。


そこを基点にイギリスやイタリア、フランスへと

広げていきたいですね。


中国向けの販売に関しても、

準備段階に入っています。


-今後はどのような展開を目指していますか。


これまでは暑さや寒さを解決するということを

入口にやってきました。


その延長線上に空気清浄機もあります。


もちろんこの領域はこれからも大事ですが、

将来的にはもう少し幅を広げていきたいと思っています。


ただ、そうやって規模や領域が拡大しても、

自分のセンスですべてを

ジャッジできる状態であり続けたいと考えています。


その前提でどこまで大きくなれるかは、

やってみないとわかりませんね。


* * *


【インタビューを終えて】


寺尾氏の話を聞けば聞くほど、

私は「GreenFan」が欲しくなってしまった。


元々我が家は夏にエアコンではなく

扇風機を使用することが多いのだが、

まさに氏が指摘するように、

今の扇風機ではその風に

ずっと当たり続けることができないからだ。


取材の最後に「欲しくなってしまいました」

と漏らした私に対して、寺尾氏はこう言った。


「最高ですよ。

何と言っても風が全く違いますから」。


社長たるもの、自社製品のことを

堂々と語るのは当然であり、

うがった見方をすれば、

それは「義務」でもあるはずだ。


しかしこの時の発言は

決してポジショントークなどではなく、

その口調の裏から感じられたのは

確固たる自信と誇りだった。


バルミューダがつくり出す製品は、

「風が優しい」であったり、

「吸引力が強い」であったりと、

その機能的な特徴自体は

非常にシンプルでわかりやすいものだ。


しかし、そんなシンプルな優位性であるがゆえに、

実現しようとすればその分だけ

他とは違うアイディアのひらめき、

そして高いレベルの技術が

必要とされるのではないだろうか。


ここまで注目を集めるようになると、

次に何の領域に商品を投入するかは

さすがに言えないそうだ。


しかし同社のこれまでのアプローチの仕方を見るに、

これから先も奇をてらうことなく、

王道の領域の中で、

今までになかった新しい技術で

オリジナルの道を切り拓いていくのだろう。


そんな新商品を今から楽しみにしておきたい。


* * *


いやー、ここまで自信たっぷりに話されると

欲しくなっちゃいますよ、まじで。


というか、おそらく我が家ではこの夏には

間違いなく買っていると思います。