前回のエントリー に続けて、
「マーケティング・ホライズン」最新号から
ヤッホーブルーイングへの
インタビューを転載します。
* * *
かつて「地ビール」と呼ばれた、
大手以外のメーカーがつくる個性溢れるビールが、
最近は「クラフトビール」と呼び名を改めて、
今一度注目されている。
特に外食産業の世界では、
クラフトビールを前面に打ち出した専門店が
急増している状況だ。
そんな「クラフトビール時代」をリードしている企業の1つが、
今回取り上げる株式会社ヤッホーブルーイングである。
同社の代表的な銘柄である「よなよなエール」は、
その一風変わったネーミングとパッケージデザイン、
そして何より味に対する評価の高さで、
ビール好きの間では名の通った存在である。
他にも、「インドの青鬼」、「水曜日のネコ」、
「ハレの日仙人」など、味覚や世界観が
明らかに他社とは異なる個性的な商品を
次々に発売している。
それが売れていなければ、ただの変わり者として
片づけられてしまうところだが、
いずれの商品も驚くべき売上を記録しているのだ。
世間では「アルコール離れ」、「ビール離れ」と
さんざん言われている中で、
きちんと実績を残しているという点には、
何らかの秘訣があるに違いない。
同社の代表取締役社長である
井手直行氏に話をうかがった。
* * *
-まず「ヤッホーブルーイング」という会社について、
簡単に教えていただけますか。
株式会社ヤッホーブルーイングは、本社が長野県の軽井沢町、
醸造所が同じく長野県の佐久市にある地ビールメーカーです。
現在の星野リゾートグループの子会社として
1996年に設立されまして、その翌年には醸造所もオープンしました。
代表的な銘柄は「よなよなエール」です。
このビールは「インターナショナルビアコンペティション」という
世界的なビールの品評会で、8年連続で金賞を受賞しています。
もちろんお客様からも高い評判をいただいています。
社名については「変わっていますね」とよく言われますが、
これは軽井沢の山の中から「おいしいビールができましたよー」と
呼びかける様子を表現しているんです。
-世間では「ビール離れ」とか「アルコール離れ」と
言われる中で、業績も好調だとか。
はい。現在、8年連続で増収増益という状況です。
昨年は対前年比で140パーセントという
大きな伸びも記録できました。
今年に入っても多くの注文をいただいていて、
生産設備を急いで増強している最中ですが、
下手したらそれでも追い付かないくらいです。
僕たちのつくっているようなビールは、
以前は「地ビール」と呼ばれることが多かったんですが、
最近ではアメリカなどの呼称そのままに
「クラフトビール」と表現される機会が増えました。
外食産業の中ではそうしたクラフトビールを
専門に扱うお店が増えてきていますが、
そうやって注目が集まっていることも
追い風になっていますね。
-特にインターネットでの販売が
業績をリードしているようですね。
僕たちはそもそもネットがなかったら
やっていけなかったと思います。
350ml缶が248円(税別)というのは
他と比べればやっぱり高いですよね。
今でこそ、高級スーパーや一部のコンビニが
取り扱ってくれていますが、
大手メーカーの商品が店舗の棚を
激しく奪い合っている中で、
そこに食い込んでいくことは
現実的にはほぼ不可能です。
しかし、そこにネットという救世主が現れました。
一部の人たちに強く愛好されるものは
ネット通販との相性が極めて良いものですが、
よなよなエールはまさにそのような商品です。
よなよなエールの味を気に入ってくれたお客様が、
ネットで箱買いをしてくれるようになったんです。
ネットでの可能性に気付いてからは
通販事業には強く力を入れていて、ありがたいことに今では
楽天のショップオブザイヤーの常連になっています。
-企業の経営は最初から順調だったんですか。
開業直後は90年代半ば以降の「地ビールブーム」のおかげで
うまくスタートすることができたんですけれど、
そのブームは数年で去ってしまいました。
僕らのビールも当然「地ビール」として
ひとくくりで見られていましたから、
徐々に苦しくなっていきました。
ちなみに地ビールブームが終わったのには
ちゃんと理由がありました。
1つはその頃に発泡酒というものが登場して、
ただでさえ高かった地ビールが、
相対的により高く感じられるようになってしまったこと。
それから、全国に地ビールブランドが乱立しましたけれど、
それらの中には町おこし的な意味合いで
つくられるものが多くて、
品質が悪いものや、個性的すぎて
キワモノのようなものが
たくさん紛れ込んでいたんです。
それによって、「地ビールはおいしくない」と
感じる人が多かったわけです。
-そんな逆風にはどのように対応したんでしょう。
その頃は周囲からも、
「『よなよな』という名前がわかりにくい」とか
「他のビールに比べて値段が高すぎる」とか、
「味を変えろ」とかさんざん言われました。
でも、僕らは自分たちのやりたいことをぶらさなかったんです。
周りから見れば、業績改善のために
何も手を打っていないように見えたかもしれませんね。
ちなみに僕らはその時のことを「冬眠戦略」と呼んでいます。
もちろん味の改善や製造の安定化などの
ブラッシュアップはしましたけれど、
味の方向性、価格、ネーミング、デザインなどは
一切変えなかったんです。
-辛い時期によく我慢ができましたね。
そうこうしているうちに、また時代が変わっていきました。
大手メーカーが出す「プレミアムビール」が
売れるようになっていったり、
あるいは一部のビール好きの間では
「ベルギービール」が流行り出したりと、
価格の高さや味の個性を受け入れてくれるように、
世の中が変わっていったんです。
そうなってからは僕らも
-「よなよなエール」を筆頭に、
発売している商品は「インドの青鬼」、
「水曜日のネコ」、「ハレの日仙人」など、
変わった名前やパッケージのものが多いですね。
商品開発の進め方を教えてください。
ターニングポイントになったのは、
2008年に発売した「インドの青鬼」ですね。
実はこれには「18世紀のインディアペールエール」という、
ベースとなった商品がありました。
インディアペールエール(IPA)というのは、
かつてインドがイギリスの植民地だった頃、
イギリスからの長期間の輸送に耐えられるようにと、
防腐効果のあるホップを多く加えてつくられたビールのことです。
ホップは苦味成分でもあるので、IPAは強い苦味が特徴です。
「18世紀のインディアペールエール」は
味覚的にはおいしく出来ていると思ったんですが、
ネットで売ってみてもイマイチ売れ行きが
芳しくない状態がずっと続いていました。
そのうち、この商品が売れないのは、
ブランドのつくり方が悪いからじゃないかと
思うようになりました。
そこで、きちんとモノを見直して、
もう一度命を吹き込むことにしたんです。
-確かに、「18世紀のインディアペールエール」
というネーミング1つとっても、
ストレートで特にひねりもないですね。
まず、IPAが持っている「インド」という
ユニークなストーリー性は残したかったんです。
それから、味の特徴である「強い苦味」を
何か違う言葉で表したいと思いました。
そして出てきたのが「鬼」という表現だったんです。
またホップはその香りを「青臭い」と
例えることもあるので、その「青」を取り入れて、
最終的には「インドの青鬼」という
インパクトのあるネーミングを付けました。
そしてこの名前に負けないように、
「とんがり度満点」の商品設計にすることにしました。
製造スタッフからは反対をされましたけれど、
ただでさえ強い苦味をさらに強化する方向で
中身をリニューアルしたんです。
もちろんパッケージも全面改訂して、
鬼が感じられるようにしました。
こうして新たに発売したところ、
それまでの低迷がウソだったかのように、
爆発的にネットで売れ出したんです。
このケースをきっかけに、
商品開発のアプローチが変わっていきましたね。
-最近発売した商品もすごいですよね。
2012年秋冬限定アイテムとして、
「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」
というものを発売しました。
この商品では日本酒づくりで使われる「米こうじ」、
そしてその製造工程で生まれる「酒粕」を
副原料として使っています。
-何でビールづくりに日本酒が?と思いますが、
どうしてそんなことになったのでしょうか。
クラフトビールの先進国であるアメリカでは、
ビールづくりでワイン樽やウイスキー樽を使ったりする、
すごく型破りなものが次々に生まれています。
しかも、そうした個性的な商品が
きちんと売れているんですね。
だったら僕らも自分たちの存在意義を問い直して、
自分たちにしかできないような
革新的な商品をつくりたいと思ったんです。
開発の入り口として掲げたのは、
「日本人だからこそつくれるビールにしたい」
というものです。
そしてそんな商品を世界に向けて
きちんとアピールしたかったんです。
日本的な要素を取り込むと決めたら、
製造のスタッフからも
色々な面白いアイディアが出てきて、
その中から選んだのが米こうじだったわけです。
-ともすれば、「ただ奇をてらったもの」と
思われそうですが、マーケットで売れる
という自信はあったのでしょうか。
最初は内部からも「お客さんは本当に
そんなビールを望んでいるんだろうか?」
という疑問がありましたよ。
僕自身も「ウケなかったら、それはそれで仕方ない」と
思っていた部分もあります。
でも、これまでのスタイルを破るもの、
業界に一石を投じるもの、
そして何より自分たちが面白いと思うものを
つくってみたいという欲求が強かったんです。
じゃあ、やっちゃえと(笑)。
-ネーミングも独特ですよね。
これも色々考えました。
元々モチーフとして歌舞伎をイメージしていたので、
そこから派生する「カブキックス」とか
そんなものもアイディアとしてはありました。
ただ、そんな中で「自分たちの素直な想い」を、
そのまま名前にしてみてはどうだろうと思ったんです。
ここで言う素直な想いとは、
「自分たちが本当にいいと思うものを
つくってみました」ということです。
そこから生まれたのが
「好みなんて聞いてないぜ」というフレーズで、
そこに僕たちらしく少し謙虚に丁寧に、
「前略」と「SORRY」を付けたんです(笑)。
この名前を社内の会議で思い付いた時には、
メンバー全員で笑い転げましたよ。
-肝心の売れ行きは好調なのでしょうか。
僕らの予想を遥かに上回る結果となっています。
ちなみに「日本」を掲げたことで、
製品的には他にも様々なアイディアが生まれましたので、
この「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」
というブランドは名前を固定して、
中身を随時変化させていこうと考えています。
2013年の春夏バージョンでは、
何と副原料にかつお節を使います。
社内では「一番だし製法」なんて呼んでいますが、
これまた僕たちしかつくらないであろう
ユニークな商品になるはずです。
-大体、そんなスタイルで商品開発は進むのですか。
いえ、ちゃんとマーケティング的な発想のもとで
ヒットを狙いにいく商品もありますよ。
例えば昨年発売した「水曜日のネコ」
というものがそれに当たります。
社内で色々話をしていく中で、
「うちには女性向けの商品がないよね」という
1つの課題に気付いたんです。
じゃあ、どんなものならばウケるだろうか
ということを考えていって、
女性にあれこれとヒアリングをしました。
結果的に、小麦を使った「ホワイトビール」という
香り高いタイプを選択しました。
それから女性が気に入ってくれるための
要素を探していく中で、
「ネコ」をアイコンにすることに決めたんです。
しかも、単なるかわいいネコではなく、
ちょっとアート系のデザインにして
感度の高い人に刺さるようにしています。
この商品には、週の合間に
ビールでちょっと一息入れて欲しい
という思いを込めているんですが、
それをあえて「水曜日」という言葉で表現してみました。
水曜日は「ノー残業デー」という会社もありますから、
それとも絡めています。
-そういう商品開発を進めていく上で、
社内の共通言語のようなものはあるのでしょうか。
僕は創業者の星野(星野リゾート代表)から、
「知的な変わり者」という言葉を
引き継いでいるんです。
これは組織の人格のようなものですね。
まず人とは違う変わったことをやりたい。
ただし、ただ奇抜でおかしなことを
やればいいというわけではありません。
そこには「知的」な要素を持っておきたいんです。
そして、こうした組織から生まれてくる商品も
「知的な変わり者」であるべきだと思っています。
とは言っても、社員の数が増えてきた中で、
この言葉だけで全員のベクトルを
合わせていくのは簡単ではありません。
そこで「知的な変わり者」という言葉を
要素分解していったんです。
結果的には、「ユーモア」とか「驚き」、
「親しみ感」など9つの要素にわけることができて、
これをメンバーで共有しています。
これによってだいぶイメージの刷りあわせが
しやすくなりましたね。
-企業としてのスローガンのようなものは
あるのでしょうか。
僕はよく「ビールに味を!人生に幸せを!」
と言っています。
大手メーカーのビールもいいですが、
もっと個性的な味わいのビールがあってもいい
と思っています。
日本のビールは「ラガー」と言われる
タイプのものがほとんどですが、
それとは違う「エール」と呼ばれるビールを、
僕たちはもっと広めていきたいですね。
-最後に、企業として大事にしているものは何でしょう。
例えば、お客様に満足度を聞く
アンケート調査があったとしたら、
僕は5段階評価の4ではダメだと思っているんです。
4というのは期待に沿っているとか、
期待に応えているという意味です。
僕たちはそうではなくて、
お客様の期待を超えたいんです。
期待を超えるためには、「すごく驚いた!」、
「とても感動した!」、「さすがだ!」、「やられた!」
と言ってもらう必要があります。
そう感じてもらうためにも、
「非常に満足」の5をこれからも
常に目指していきたいですね。
* * *
【インタビューを終えて】
先日、同社の50名程度の社員のうち、
実に9名ものスタッフが一緒に休暇を取り、
自費でアメリカのクラフトビールの視察に出かけたそうだ。
そこまで行くと「好きが高じて」と言うにも
程があると印象すら受ける。
彼らが現地で見聞きしたことは
全て自社のビールづくり、
そしてビールの販売の糧へとなるのだろう。
井手氏や同社の社員の方と話をしていると、
自分たちがつくっているビールのことを
本当に好きなんだなというのが、
ひしひしと伝わってくる。
リーダーである井手氏自身が
自社製品について語り出すと、
こちらが口を挟む隙がないくらい饒舌になっていく。
そんなリーダーの情熱が
全社員に波及しているのは想像に難くない。
同社は今年新たなチャレンジをする。
外食企業と組んで、「よなよな」の名前を冠した
ビアレストランを初夏に都内でオープンするのだと言う。
これまで基本的にはモノの売買を通じてしか
接点がなかった顧客との関係が、
飲食店という「リアルな場」へと
広がりを見せることになる。
日本中に散らばっている
「よなよなファン」にとっては朗報だろう。
「大手のビールは、
目隠しして飲んだらどれがどれかわからない」とは、
昔からしばしば言われる皮肉である。
そんな固定化した日本のビール市場で、
ヤッホーブルーイングが今後どんな暴れ方をするのか、
一人のビール好きとして引き続き注目していきたい。
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次回のエントリーでは、もう1つのインタビュー、
高性能の扇風機や空気清浄器を開発販売する
バルミューダについて紹介します。