思考の学校では、お父さん、お母さんに自分の良い所ってなに?
と聞いてみるワークがある。
父は他界しているので、母に聞いてみた。
「お母さん、わたしの良い所ってどこ?」と…
母は「我慢強いところかな?」っと言った。
「ふ~ん」
わたしは家に帰り泣いた。
嬉しかったからじゃない。
ずっと、我慢していたから。
本当のわたしは、
傲慢で、威張りん坊で、独占欲が強く、
わたしを特別扱いしてほしいが強いから。
我慢なんて、したくなかった。
傲慢で、威張りん坊で、独占欲が強い私に
父も、母も
「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
といって、育てた。
思考の仕組みを知っているから、
この子はこのままで行くと社会に出たら大変になる。
だから、親が我慢することを教えてくれた。
それが、両親からの最大の愛だと。
理解できる
感謝も出来る
頭では…
だから、それは本当の感謝ではない。
感謝って、溢れ出る感情だから。
我慢したくてした訳じゃない!
我慢しなきゃ大切にされないと思ったから我慢した。
いつも、怒って、泣いて、悔しい思いで、我慢していた。
心の底から怒りがわいてくる!
我慢なんかしたくなかった!
妹達みたいに、「泣いたら譲ってもらえる」をしたかった!
「お姉ちゃんなんだから、一番に好きなの選んでいいよ」
って言ってもらいたかった。
いつも、妹たちが優先。
わたしが、我慢。
どんどん、
「わたしは大切じゃない」
「わたしは優先してもらえない」
「わたしは愛されていない」
不平不満が溜まっていく子供だった頃のわたし。
本当は、違うと先生たち講師は言うけれど、
我慢させるのが親の愛だと言うけれど
子どもの私は納得していない。
他の受講生が
わたしの良い所を親に聞いたら、
「″存在”って言われました!!」と喜んでいた。
わたしは、「え~いいな~!!!」と思った。
わたしも、「存在」って言ってもらいたかった。
いつも、自分のいる場所が無いようで、孤独を感じているし、
長年家族から離れて暮らしていたのも、家族の中で孤独を感じないように。
他人は、わたしを、家族と同じ扱いをしてくれた。
国籍は違うのに。大切にされていると感じられた。
子供の頃、
怒っているわたしは、鬱憤晴らしに妹をいじめたり、
怒鳴ってみたり、威張ったお姉ちゃんになってみたり、色々した。
でも、そのまま大人になると今度は、勘違いしたひねくれた感情のまま
人を見下したり、一番を目指したり、店長を目指したり、
リーダーを目指したり、勝ち負けにこだわったり。
長女として果たせなかった感情を一番を目指すことで埋めようとしていた。
店長にもなれたし、売り上げ最高額を達成できたし、
表彰されて海外にも行けた。
でも、一番になりたい原動力が、愛の不足感からだったから、
達成したら職を変え、一からスタートを繰り返す。
資格もそう。使えない資格が結構ある。
一番になったら、愛される。認められると思っていた。
でも、本当に認められたかったのは、わたしの存在だった。
一番を目指さなくていいよ。勝たなくていいよ。
と自分につぶやく。
一番も、勝ち負けも、いつか誰かに代わる。
今月は勝ったけど、来月は負けるかも。
今は一番だけど、次は一番じゃないかも。
こうやって、わたしの人生はシーソーみたいに、
上がったり、下がったりを繰り返している…
ふっと、そうだよね、一番目指さなくていいよね。
だって、わたしは一番初めに生まれた最初の子供。
長女。
絶対に変わらない、一番のポジション。
長子はリーダーになりたくてそのポジションを選んで生まれてくると
思考の学校では考えている。
目指さなくても、もう一番だった。不動の一番だった。
頑張らなくていいんだ。
思考の旅の中で、強く握りしめた手をゆるめたら、
こんなに傷つくほど強く握りしめていたんだ。
と痛みを感じた。