わたしは子供の頃から自分の事が嫌いだった。

多分、人と比べて自分が劣っていると思っていたから。

思考の学校で思考を学び始めても、自分が好きになれない。

理由も分からなかった。

でも、今日 !

やっと理解した。

やっと、スッキリした!!

自分の周りの人々は自分の思考が作っている。

わたしを劣っていると感じさせる周りの

凄い人達もわたしが作った

ただ、わたしが凄い人達を「凄いね~」と褒めることが

出来なかっただけだった。

凄い人を認めたくない、わたしの劣等感

自分が人より劣っていると感じるのは

人を褒めないから。

人を褒めないと言う事は

潜在意識には主語が無いから

自分の事も認めない、褒めない事になる。

そして、自分を認めない、褒めないわたしは、

わたしを見下し、ちょっとした細かい事を

大げさに言ってきて、

わたしに「お前は劣っているとぞ」と思わせようとしてくる

嫌いなあいつ、

そう、わたしの上司を作った。

わたしは、上司の事が大嫌い。

わたしを見下してくるから、

わたしも負けずに、

「上司のくせに」「責任者のくせに」「つまらない男」と見下し返す。

思考の学校では、思考が先、現実が後に現れると言う考え。

そして、

わたしが見下しているのは上司だけではない。

 

わたしの顕在意識は思考を学んでいるから、

もう誰の事も見下したくないのに、

自動的に見下してしまう

でも、それは仕方がない事だった。

見下しの思考は幼いころ、自分の思うようにならない事で

悲しくなったり、不安になったり、怒ったり、その時の心の傷を

それ以上深めないよう、自分を守るた為に作った「かさぶた」だった。

 

「この人より、わたしの方がまし!」と言う、自分より劣った

存在を作ることで自分の心を守る自衛の思考=見下し

小さかったから、それしか自分の心を守る方法を知らなかっただけ。

先ずは自分に、

「そっか~そうだったんだねー」

「見下すことで自分を守っていたんだねー」

「ごめんね~辛かったよねー」

「頑張って、自分を守ってくれていたんだねー」

と、自分にしっかりと寄り添う。

そして、今まで見下していたなぁ~と思う人物を

記憶にある近い順から 1上司2社長3同僚4、5、6…

と過去にさかのぼって子供の頃の記憶にある全ての人を書いて見た。

出るわ、出るわ、100以上!

記憶にあるだけで、こんなにあるのだから、無限にあるし、

身近なほとんどの人々を見下している。

過去に、こんなに大勢の人々=自分を見下していたんだ・・・

だから、自分のことが大嫌いだったんだ!!!

そして、わたしが見下していた全ての人と自分にしっかりと謝罪した

他人=自分・・・

こんなに自分の事を見下しているから、だから

わたしは認めてもらえなかったんだ。

(認めてもらいたくて頑張っていたけれど…)

わたしを見下しているから自分を許せなかったんだ。

(自分に厳しいから、他人にも厳しかった…)

わたし自身を見下しているから怒りが湧いて来くるんだ。

(自分で自分の事を認めてあげていない事への不満と怒り)

 

そして、

こんなにありとあらゆる人々を長年無意識に

見下してきた人々の集大成が

あの、大嫌いな上司だったと分かった。

だから、濃厚で濃縮された酷い上司を作り出したんだと納得できた。

 

理由がわかると安心する。

こんなに苦しい人生を作っていた理由。

得体のしれない不安や、怒り、次々起こる困難。

それは、幼い頃自分を守るために駆使し、生み出した間違えた思考。

戦う事も、恐れることも、悲観することもない。

だって、小っちゃいわたしが一生懸命編み出した思考癖だと分かったから。

 

思考の旅の中で、

どこへ行っても行き止まりだった迷路からやっと脱出すると、

そこには広々とした見晴らしの良い道が続いていた。