思考の学校では、今現実に起こっている事は全て自分が作ったとみる。

今年に入って母が風邪をこじらせ、

以来、わたし達姉妹どちらかが母のご飯を毎日作るようになった。

まだ、81歳。

元気に暮らしているお年寄りは大勢いる。

でも、私の潜在意識は、

もう、81歳。だんだん出来ない事が増えてきている母

を現実化している。

わたしが望んでいるのは今まで通り庭の手入れをしたり、

1人で明るく元気に過ごしている母。

料理をしなくなり、物忘れも多くなってきた。

本人にも自覚がある。

料理は脳の老化を防ぐのにとてもいい。

分量を計らず、目分量で絶妙な味加減で作る料理が一番脳の

老化を防ぐのに良いと言われている。

でも、それをしなくなり、冷蔵庫の中の管理もしなくなった。

おまけに、急に膝の痛みを訴え、

あまり庭に出て歩かなくなった。

筋肉を使わないと、脳に電気信号が行かなくなり認知力が

低下するとも言われている。

わたしの頭の中のサイレンが鳴った。

わたし達姉妹どちらかが、毎晩、毎晩、夜ご飯を作ってあげるから

料理をしなくなったと考えるのが普通。

しかし、思考の学校では、

親に手を掛けてもらい、なんでもしてもらいたい、

かまってもらいたい

「やってよ!全部やってよ!」

などの依存心がある潜在意識が、

手が掛かる親を作ったとみる。

親がいない人は子供やパートナー、

兄弟など自分に一番近い存在に出るらしい。

だから、このまま、自分の思考を無視し続けていると、

もっと、手が掛かる母を現実化してしまう。

 

わたしは、

母を自分の家まで送り迎えし、

わたしがご飯を作っている間、

母の好きなお坊さんのお説法をYouTubeで見る事

が母の楽しみになっている。

と、思っていた。

でも、実はわたしが母との時間を楽しんでいる事に気付いた。

わたしと母はとても仲が良く、遠くに離れている時も

電話で何時間でも話が出来た。

しかし、コロナで海外から一時的に実家に戻った時、

わたしは母の存在にイラつき、(母の家なのに…傲慢なわたし)

煩わしく感じていた。

威張ったわたしは、母に遠慮なく言いたいことを言い、

怒りの感情を全てぶつけていた。

日本に帰って来たくなかったイラつきも母にぶつけた。

年老いた母を置いてまた海外に戻る事も諦めた怒り。

自分でもなぜこんなに怒りが抑えられないのか理解できなかった。

遠くに離れていた時はお互い理解し合い、とても仲が良かったのに…

わたしは母の存在に、

そして自分の湧き上がる怒りの感情に我慢出来ず実家を出た。

喧嘩になるのが苦痛だったから…

実家を出てからは、時々母の様子を見に行っていた、

「長女の義務として」・・・

なのに今は、毎日母の事が心配になっている自分がいる。

思考の学校では、心配=呪いといっている。

心配する思考が現実になるから。

「母に何かあったらどうしよう」

「家で死んでいたらどうしよう」と心の中で恐れているわたし。

しかし、思考の学校では、親との死別が最高の自立と考える。

親との別れを恐れず、自立している事が本当の親離れだから。

これは、思考と潜在意識の関係だから、

「自分が自立したら親が亡くなる」と言うわけではない。

わたしの思考で、100歳まで、元気で自分の事は自分で出来る

母を作ることも出来る。

だから、精神的にいつでも見送れる覚悟がある事が

「親に依存していないわたし」と言う事になる。

わたしはどれだけ、母に依存しているか気付き愕然とした。

怒りをぶつけていたあの時も、

小さい子供がよく、自分の思い通りにならないと、

「お父さんのせいだ!!」「お母さんのせいだ!!」

と言って泣きわめく子供、そのものだった。

わたしは、

自分の潜在意識の中に「わがままで、親に怒って困らせる」

をまだやりたい自分を見つけた。

そしてそれは、

長女だからそれを出来ずに我慢していた

小さい頃のわたしの怒りだった。

いつも妹達に付きっ切りの母を独り占めしたかったわたし。

もっと、自分の為だけに手をかけてもらいたかったわたし。

母の膝が痛いのも、心配して欲しい、優しくして欲しい、

もっと、わたしを気遣って!

と母に求めている小さい頃の自分が作っている現実。

「ママ、ごめんね。あんなに怒りをぶつけて…

これからは、自分の怒りは自分で何とか出来るからね」

「もう、わたしの心配して!って思わなくていいよ。

これからは自分の事を大切にして自分で自分の機嫌をとるから」

と、心の中でしっかりと認める。

わたしは、大人だから勿論自分の事は自分で出来る。

しかし、本音のわたしは全部母に依存したかった。

なんでも、ママにしてもらいたい

わたしの潜在意識が見せてくれた現実だったと分かった。

 

不思議な事に今日の母は

実家に着き車から降りる時、

杖無しで「痛たたたたた…」とも言わず

いつもより早い足取りで玄関までたどり着き

「じゃ~ね~おやすみー」と元気よく見送ってくれた。

 

思考の旅の中で、希望の星が強くキラキラと輝いていた。