番外 撮影時は鹿児島交通、その後種子島・屋久島交通で全うした、かつては高速車の三菱エアロクィーン | コウさんのコウ通大百科 PART3

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(平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 
 今から6年前の平成30年のある日、福岡市の天神高速バスターミナルの進入路から、1台の三菱エアロクィーン(鹿児島200か・420、KL-MS86MP)が降りてまいりまして、博多バスターミナル方面へ向けて向かっておりました(画像2)ので、画像1にもありますようにFTビル(福岡トヨタ本社ビル)付近で信号待ちの姿を収める事ができておりました。
 
 この車は、撮影当時は鹿児島交通に所有しておりました三菱エアロクィーンでありまして、実はタイトルにもありますように、外観からはわかりませんが元は高速車として使用されていた車を転用したものでもありまして、この日は鹿児島~福岡線「桜島号」の続行便として運行されている姿を収めておりました。
 
 そんなこの車は、その後は九州本土にはおらず、種子島に渡りましてグループ会社(いわさきグループ)の種子島・屋久島交通に移籍しておりましたが、タイトルにもありますように現在は全うしております。今回は、そんな元高速バス用として導入されておりました同車に関しまして、それ以前にも収めておりましたので皆様にご紹介してまいります。
 

 この車は、平成16年にいわさきグループ内に存在しておりました旧南九州バスネットワークに導入されて以来、元々は本州向け夜行高速バス(大阪線「トロピカル号」・神戸(尼崎)線「トワイライト神戸号」)などにも使用されておりまして、側面・後面には後述の鹿児島200か・421にもありますラッピングデザインとなっておりまして、その姿は運行されておりました関西地方でもこの姿を見る事ができておりました。
 
 
 しかし、平成18年に南九州バスネットワークが解散、それに伴いまして福岡線「桜島号」を除きます夜行路線全て(大阪・神戸・大分)から撤退した事から使用車両に余裕が生じる事もありまして、旧林田バスに所有が変わった時に、旧南九州バスネットワークに平成16年に導入されておりました4台(日野セレガR・いすゞガーラ各1台、三菱エアロクィーン2台)のうち、唯一2台導入されておりました三菱エアロクィーン1台を貸切に転用する事になりまして、結果鹿児島200か・420が転用する事になりました。
 
 (平成22年旧いわさきバスネットワーク所有時撮影)
 
 尚、相方鹿児島200か・421が画像の車であります。この車は現在も鹿児島交通観光バス所有で「桜島号」に使用されておりますが、その前に同様にいわさきグループ内の所有事業者を3度変えておりまして、旧南九州バスネットワーク→旧林田バス→旧いわさきバスネットワークを経まして、現在も鹿児島交通観光バス所有として至っておりますが、ヒョンデ(ヒュンダイ)ユニバースの存在もありまして、稼動自体は少なくなっております
 
 
 さて、この夜行高速用から貸切用への改造は、ただの改造ではなく、以下にありますような大掛かりな改造を施されておりました。この改造内容は・・・

 座席を独立3列→2×2の4列へ
 床下トイレ&床下仮眠室撤去→トランクへ
 床下への階段も撤去
 前面・側面方向幕撤去、前面も固定行灯に
 路線バスとしての設備撤去

 
などであります。私自身、この車が貸切改造を施していた事は知っておりましたが、まさかここまで大掛かりな改造を施していたとは思いませんでした。
 

 この改造で特に気になる部分は、画像にあります床下トランクではないかと思います。実際、画像のように3スパンのトランクを確保しておりましたが、夜行高速車として使用されていた頃はこのうちの2スパンを仮眠室として設けておりましたし、その奥にはトイレも設けておりましたので、より広くトランクとして確保しているのではないかと思う所ではあります。
 
 (西鉄バスの三菱エアロクィーン床下部分)~鹿児島交通観光バスの床下部分の画像を収めておりませんでしたので、最もわかりやすかった事から掲載しております。実際に左から2スパン部分を仮眠室・トイレとして確保しておりました(現在はこの車も廃車)
 

 こうして見ましても、この車はだいぶ変化が生じていた事がお分かりいただけるのではないかと思います。何と言いましても、まさか貸切車に、しかも大掛かりに変更されるとは、この車の立場から考えてみてもさすがに思いもしなかった事でしょうから。尚、現在は画像1・2・最後の画像のようにヤシの木のラインが入ったような形となっておりますが、かつてはご紹介しておりますように白地一色にHAYASHIDA BUS」→「Iwasaki Bus Networkと書かれておりまして、表記に関しましてもグループ内の変化を感じさせる所ではなかったかとも思います。
 
 
 さて、そんなこの車は現在は種子島・屋久島交通(種子島支社)に所有しておりましたが、同じいわさきグループ内とはいえ旧南九州バスネットワークから4度も所有先を変わるに至っておりました。しかも、グループ内ではありますし、鹿児島県内での所有先変更でもありますので、ナンバーが変わらなかったと言うのもこれまでの車歴をより知りやすくする所ではないかと思います。
 
 実際に、この車の現在までの所有遍歴を出してみましても・・・
 
 旧南九州バスネットワーク→旧林田バス→旧いわさきバスネットワーク→鹿児島交通→種子島・屋久島交通
 
と所有を変えておりましたので、それが伺える所ではないかと思います。
 
 
 今回は、本土から種子島に渡りまして、種子島・屋久島交通として全うした三菱エアロクィーンに関しましてご紹介しましたが、私自身もこの存在は高速車時代より存じておりましたが、本当にこの車にとっては思いもしなかった事が起きていたでしょうか。やはり、高速車→貸切車に転用と言う異色な存在である事や、グループ内の変化で所有先を何度か変更しているのも伺えるのではないでしょうか。しかも、島まで渡るに至っておりましたので、この車にとりましてもまさかの経験をしていたのではないでしょうか。ご紹介しておりますように、残念ながらこのほどこの車は全うしておりますが、とにかくお疲れ様と言いたいと思います。