NO.2357 今年で63年のバスも走ります、大分県豊後高田市「昭和の町」&ボンネットバス乗車記 | コウさんのコウ通大百科 PART3
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在住する九州を中心に、鉄道・バスを中心としました記事を毎日更新しておりますのでどうぞご覧下さい。
(尚、平成24年1月〜平成30年3月の記事はPART2の内容です)

 

 7月の休日、妻と大分県豊後高田市の「昭和の町」へ訪問していた時の模様をご紹介しておりますが、前回NO.2356では大分交通グループ大交北部バスの高田バスターミナル、そしてこの時撮影しておりました高田営業所所属車に関しまして皆様にご紹介しました。

 

 大交北部バスの豊後高田バスターミナルは、かつては大分交通旧宇佐参宮線の始終着駅として鉄道の駅が存在しておりまして、旧豊後高田駅から国鉄(現JR)宇佐駅を経まして宇佐神宮に近い旧宇佐八幡駅まで結んでおりました。しかし、並行しまして大分交通自社のバス路線が存在していた事もありまして、昭和40年に全線廃止となっております。そして、現在は大分交通から分社化しました大交北部バス豊後高田バスターミナル・高田営業所が、旧高田観光バスを経まして現在に至っております。

 

 また、この時には「恋叶ロード」に関しましたラッピング・車内もシートカバーなどが変わっておりますいすゞジャーニーLR(大分22か18-34、U-LR332F)に乗車しておりましたが、車内には国東半島を走ります国道213号線沿いの豊後高田市側の通称でもあります「恋叶ロード」のシートカバーがありまして、デートスポットを車を挙げてアピールしている事が伺わせております。特に、ハートを車体全体に描いておりますラッピングの姿が印象的でもありまして、妻もかわいいねとも言っていたほどでした。

 

 (車内、シートカバー)

 

 尚、大交北部バスは「nimoca」などの交通系ICカードの使用ができません。ですから「SUNQパス」や乗車券・回数券など切符類がない方は必ず小銭が必要ですので注意していただきたいと思います。

 

 

 さて、今回ご紹介しますのは、前回も少々述べておりましたが、この「昭和の町」の目玉車でもありますボンネットバス、いすゞBX141に関しまして乗車を果たしておりましたので皆様にご紹介しますし、「昭和の町」に関しましても併せてご紹介してまいります。尚、車内は撮影禁止となっておりますので、基本的に外観のみ、加えまして乗車の模様は本文のみとなりますのでご了承いただきたいと思います。

 

 

 まずは、豊後高田「昭和の町」に関しましてご紹介します。この「昭和の町」は、画像1にもあります豊後高田バスターミナル前からその姿を見る事ができておりまして、以下画像の昭和ロマン蔵がメイン施設となっております。尚、以下画像右側が後述のようにボンネットバスの車庫となっておりまして、運行が終わりますと車庫に収納されるようになっております。

 

 この「昭和ロマン蔵」は、明治から昭和にかけて大分県きっての豪商でもありまして、昭和10年頃に建てられております野村家の倉庫を改造しまして、「昭和の町」の中核施設として「昭和ロマン蔵」に改造されております。 ここには、その下の画像にありますトヨタクラウンや日産グロリアやサニー、オート三輪でありますダイハツミゼットなどと言った自動車や、当時の電化製品や懐かしい雑誌類、さらには販売されております駄菓子類など、「昭和のテーマパーク」がこの蔵の中に集まっております。

 

 (内部は撮影禁止のため、基本的に外にありますものを中心にご紹介しております)

 

 (手前・トヨタクラウン、中央・日産グロリア、右・いすゞ117クーペ)

 

 (左・日産サニー(貴重なナンバーですのでナンバーもそのまま掲載しております)、右・ダイハツミゼット)

 

 (駄菓子屋の夢博物館入口(私達も多く駄菓子類を衝動買いしてしまいました・・・)と日産サニー)

 

 

 「昭和ロマン蔵」を出ますとありますのが、「昭和の町」を形成します商店街群であります。商店街は、「中央通り」・「新町通り(1・2)」・「駅前通り」の各商店街がありまして、このうちボンネットバスは「駅前通り」・「新町通り」各商店街を通っております。ちなみに、私達も画像にはありませんが「駅前通り」商店街のとあるお店に入りましたが、ここは昭和時代の学校給食が食べられる所で有名なお店でありまして、私達は黄粉揚げパンを食べたほどでした(すごく美味しかったです)。

 

 (画像は「新町通り」商店街)

 

 

 ここまで、「昭和の町」に関しまして簡単にご紹介しましたが、ここからはメインのボンネットバスでありますいすゞBX141に関しましてご紹介してまいります。

 

 

 このいすゞBX141は、以下画像の車歴からもわかりますように、昭和32年に新潟県の北村製作所で車体を架装しまして羽後交通に導入されておりまして、秋田県内で運行されておりました。

 

 

 そして、昭和44年の廃車後は秋田県内に放置されておりましたが、平成19年に広島県福山市の福山自動車時計博物館がこの廃車体を譲り受けまして、念入りなレストアの末、平成21年に豊後高田市の「昭和の町」におきまして復活するに至っております。それにしても、羽後交通での車歴も12年しかなかった訳でありましたが、それから40年もの時を経ましてよくぞ復活してくれた事はまさに奇跡ではなかったかとも思う所ではなかったでしょうか。

 

 (車歴)

 

 こちらの画像はレストアシーンではありますが、何と言いましてもボロボロの車体を再生する所から始まっておりまして、それから錆を落としたりしまして部品の一つ一つを手作りしまして、レストアへと至っていたそうであります。本当に、画像を見ましてもわかりますように、骨組の段階まで見られていた事が見ていてわかるのではないでしょうか。

 

 

 このレストアでは、画像にもありますようにいすゞの社章も再生されております。よく見ますと円の中にあります「いすゞ」の部分が時代を感じさせる所ではないかと思います。

 

 尚、平成30年暮れから平成31年4月まで、福山自動車時計博物館で大規模更新を行っておりまして、その結果現在のような美しい姿へと戻っております。やはり、走行距離は短れども老朽化は進みますので、そのような更新は必要ではないかとも思う所でしょうか。

 

 

 そして、ナンバープレートであります。この車は、現在大分県のご当地ナンバープレートを装着しておりますが、「昭和の町」にやって来た当初は大交北部バス所有でもあった事もありまして、緑ナンバーで「大分230あ・141」を名乗っておりました。しかし、大交北部バスが運行委託と言う形で運行されるようになりましてからは、自家用の白ナンバーとなりまして、現在の「大分230さ・141」を名乗るようになっておりまして、その後現在のご当地ナンバープレートに交換されるにも至っております。

 

 

 さて、画像はありませんが、今回乗車も果たしておりました。この乗車時間はわずか15分ほどでありまして、運賃は無料となっておりまして、コースの中には上の画像・先述のように「駅前通り」・「(最終便のみ)新町通り」各商店街もコースとして入っております。

 

 尚、冒頭にもありましたように、残念ながら車内は撮影禁止ではありましたので、文章のみでご紹介しますが、このバスには名物ガイドでもあります女性も乗車しておりまして、その時に述べられておりました中には、このバスの生まれた年、先述のように福山自動車時計博物館でレストアした事、「昭和ロマン蔵」北側にあります公園の事、そしてガイドをされております女性の方自身の事などが述べられておりまして、たまになかなか強烈(!?)な言葉で述べられる時もありまして、車内では終始笑いにも包まれておりました。

 

 そんなこのバスは、現在は5便で運行されておりまして、「新型コロナウイルス」前の9便からしますと本数を減らしております。その分、消毒を徹底するためでありまして、到着後にはガイドさんの手で念入りな消毒も行われておりました。また、乗車定員も25名に減らしておりまして、その分「三密」のうちの「密集」にならない策も取られております。

 

 

 さて、こちらの画像は最終便となります5便目の「昭和ロマン蔵」到着時の姿であります。このバスには冷房が設けられておりませんので、窓を終始開けて運行されておりまして、換気対策はバッチリ(!?)ではありますが、この時は雨が降っていた事もありまして、一部窓は閉じられた状態で到着しておりました。

 

 最終便は、先述のように「新町通り」商店街を経由しまして「昭和ロマン蔵」に到着しますので、向きは画像のようになっておりまして、他の4便の「駅前通り」商店街経由の場合が上の画像のようになっておりますので、違いがお分かりいただけるのではないかと思います。その理由に関しましては、この後明らかになる事になります。

 

 

 それが、この後「昭和ロマン蔵」入口にあります車庫に駐車するためでありまして、画像のように、この後向きを変えずに「昭和ロマン蔵」入口へ回送します。私達も、豊後高田バスターミナル駐車場にてその姿を収めましたが、ガイドさんからも「今からバックするけん、ようバックして入れる所撮ってね」ともおっしゃっておりました。

 

 入口の所の車庫に到着しましたら、ガイドさんの「オーライ」の掛け声でバックで入ります。よく見ましても、車庫内はバスの高さに合わせてある事がわかるのではないでしょうか。

 

 バスはさらに奥へと入って行きます。このバス自体は、パワーステアリングと言った今どきの装備と言うのはありません。そのため、ハンドルも重い訳ではありますが、そんな中でも巧みな操作でまっすぐ合わせながら入って行きます。

 

 

 こうして、車庫内に入りました。この後車庫の門のドアを閉めまして、この日の運行は終了する事になりますが、入りましてからは消毒を各座席に行っておりまして、消毒が終了しますと正式にこの日の運行が終了と言う事にもなったようです。

 

 

 今回は、豊後高田市の「昭和の町」、そして目玉でもありますボンネットバスでありますいすゞBX141に関しましてご紹介しましたが、本当に今年で63年にもなりますバスがこのように運行されておりますので、元気な姿が見られるのもいいのではないかと思います。やはり、更新を行っている事もありまして、姿からも古さはさほど感じさせられませんが、それでもアナログな部分も実際に見られておりますので、ご覧の皆様もこの内容を見まして気になりました方は是非とも豊後高田市まで出向きましてこのボンネットバスを利用していただきたいと思います。