「極真の道場訓」
「大山倍達の世界観」についてお伝えしました。明治・大正生まれの同時代的な現象化でし
た。
特に戦後の復興期に掲げられた「極真の道場訓」は、戦後生まれの団塊世代の青少年に影響を与えました。「空手バカ一代」⇒は1971年から1977年まで掲載された。
極真の由来は「千日を以って初心とし、万日を以って極とす」という言葉の“心”を“真”に変え「武の真髄を極める」という意味での名称とした。
1954年東京、目白の野天に、大山道場の看板を正式に出す。このころ「道場訓」が掲げられた。「唱和する事で意識を高める、言い聞かせる」効果があります。
「〇〇〇訓」等の教訓は、強固な軍人「殺人者」を育成するために室町時代・戦国時代に浸透した「教訓」です。「自我機能同期」による「言葉」「文字(イメージ)」遊びの権力者たちの民衆・大衆支配の方法だったのです。
江戸時代中期以降になると、庄屋や等の地域の長たちが「家訓」と称し継承・伝承して来たのです。
庶民的には貝原益軒の「養生訓」が出版文化の生成によりヒットした時期でもありました。
また「教訓」が「親父の小言」として明治以降流布した事も知られています。
「軍人勅諭」(ぐんじんちょくゆ)は、1882年(明治15年1月4日に明治天皇が陸海軍軍人に下賜した勅諭があります。
「戦陣訓」⇒「ウィキペディア(Wikipedia)」
「戦陣訓」は1941年1月8日に陸軍大臣東条英機が示達した訓令(陸訓一号)を指す。陸訓一号も軍人としてとるべき行動規範を示した文書だが、このなかの「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」という一節が有名であり、法規範として軍人・民間人による玉砕や自決の原因となったことは戦後史では語られていない。
今、お伝えしたような文化的状況の中で「道場訓」が日本の武道文化として戦後育まれて来た事を知っておく必要があります。「不安の補完先」としての「言葉」「文字(イメージ)」遊びの現実です。
宗教等の「伝統現象」にも「真言」「作法」「儀式」「祈祷」「しきたり」等も同様に伝えられてきています。全てが「自我機能同期」の「お話し」です。
「個人と集団集合」の規律⇒現代用語で言うならば「チームワーク」の規範として見る事ができます。実例⇒円陣を組み声を懸けあう事等はよく見られる現象です。⇒「気合い入れ」等
宗教系の団体では信徒を呪縛する方法として「一家和楽の信心」「難を乗り越える信心」「絶対的幸福境涯を掴む信心」等を児童期から言い聞かせている熱心な信仰者もいます。検証証明はできていません。「お話の世界観」です。
だから、死ぬ間際に「こんなはずじゃなかった」と実感するのです。
公開動画参照の事
公開用・自我機能同期「早川一光氏」2017年4月6日59分
公開用・自我機能同期「田中雅博氏」2017年09月18日54分32秒
いくら「偉い人」「有名人」の講話・お話を聞いても「聴衆は聴衆でしかない」のが現実現象です。
「偉い人」「有名人」を見ても観衆は付着するだけの電磁波同期の「集団集合の現象化」でしかないのです。「世界一人旅」の烏合の衆の現実現象です。⇒「現象生態(生体)法」の見方です。