国枝史郎⑤

国枝史郎の文学史上における位置付けについて、試みに諸書の解説から抜き書きして、まとめてみることにした。
まずは90年代以降、国枝史郎の第3次ブームを支えてきた立役者・末國善己氏の解説からはじめる。

 大正末期に「蔦葛木曽桟」「神州纐纈城」など、伝奇小説の傑作を次々と発表した国枝史郎は、三島由紀夫が愛読したことでも有名で今もカルト的な人気を持っている。
(末國善己①幻冬舎文庫『夜の日本史』「伝奇作家の小説よりも奇なり女性遍歴」)

現代における国枝史郎の評価は、おそらくこれが基本となるだろう。
日本の文学史における国枝史郎の位置付けについての末國氏の評価を、長文だが要点がすべて入っているので、あえて引用する。

 国枝が時代伝奇小説を書き始めたのは、大衆文学運動の黎明期と重なる。大正末期に起こった大衆文学運動は、講談や講談速記本の持つ予定調和や教訓性を排除することで、新しい時代小説を生み出そうとした。これが私小説化を加速させていた純文学にも、従来のパターン化された講談にも違和感を持っていた中間所得者層(大学を卒業して、月極めで給料を貰うホワイトカラー)に熱狂を持って迎えられ、大衆文学は一大潮流を作るのである。
 ただ初期の大衆文学は、講談的世界を完全に破壊するのではなく、講談のテイストを取り込みながらも、独自の方向性を創出しようとした。例えば、白井喬二は語りのスタイルは講談風にしながらも(白井喬二の初期作品はクライマックスで唐突に物語を終えることが多いが、これは講談の技法“切れ場”を意識しているのだろう)、物語そのものは従来の講談が扱わない独自の展開を用意した。また直木三十五は、徹底した時代考証で伝説と史実を峻別し、“見てきたような嘘”を旨とする講談とは一線を画そうとしたのである。
 国枝は、歌舞伎や講談でお馴染みの人物や事件を借りながらも彼らに新しい冒険の舞台を用意したり、まったく関係ない人物と人物、あるいは事件と人物をシャッフルしたりすることで新しい“物語” を作り上げようとした。(中略)誰もが知る人物や事件が頻繁に登場するのは、斬新な物語を、講談の世界を骨肉化していた当時の読者に理解してもらうための戦略だったのである。
(中略)江戸の戯作や歌舞伎では、物語と物語を融合させたり、ある物語の登場人物を別の物語に導入したりすることで、新しい作品を作るのは当たり前だった。国枝の小説作法は、近代に入って一度は途切れた、日本の伝統的な創作法を復活させたものともいえるのである。(後略)
(末國善己②「国枝史郎 伝奇短編小説 第一巻」解説)

大衆文学運動の概略がどんなものだったか、そしてその中での国枝作品の特色が明瞭に理解できる。
ただし、ここに挙げられた特色はどちらかといえば本書に収められた国枝の初期短編に顕著といえる。
例えば平賀源内・太田蜀山人・志道軒のトリオや、河内山宗俊などはある程度シリーズ化しているし、石川五右衛門・遠山金四郎・関東七人男・自来也・天竺徳兵衛など講談ネタでお馴染みの豪傑・悪党の異聞物も多い。
ほかに兼好、芭蕉、北斎など、講談とは縁の無さそうな歴史人物の逸話をあつかった作品もあり、こちらは十分もう歴史小説(時代小説)の味わいがある。

なお、歴史小説と時代小説、そして伝奇小説の区別は、
それほど明確ではなかった。

 現代では、歴史小説は史実を踏まえた虚構性の少ない作品、時代小説は歴史の隙間に作者の空想を織り込んだジャンルと、比較的、明確な線引きがなされている。だが戦前は、ここまで厳密な区別はなかったようだ。
 (中略)
 つまり戦前は、妖怪変化が出てくるようなスーパーナチュラルな要素がない伝奇小説は、史実をベースにした“歴史”ものと認識されていたようなのだ。
(末國善己③「国枝史郎 歴史小説傑作集」解説)

なお国枝の場合、早くから探偵小説も手がけていた(「沙漠の古都」など)が、これについても似たような見解がある。

 ここで探偵小説というものについて、ちょっと考えてみる。江戸川乱歩の出現以降、本格的な探偵小説の歴史が始まるのであるが、元来、純推理小説以外に「空想科学小説、怪奇小説、異境探偵小説など多くのものを、広義の探偵小説に含めている」(乱歩『幻影城』)日本の伝統であれば、「沙漠の古都」は立派な探偵小説といってよい。(中略)
そんな意味で、国枝は日本の探偵小説の先駆者でもある。
(八木昇①桃源社「沙漠の古都」解説)

当たり前な話しだが、ジャンルなどしょせん読む側が自分の趣味嗜好に合う作品を探す上での便法に過ぎない。
大衆文学の黎明期にあって、国枝自身はもっと思うがまま自由に書きたいと願っていたに違いない。