先人の

衣食住のための足跡をたどりあるき

見聞きをご一緒に想像し、ご案内。

 

広島ネイチャーナビfukuです。

(屋号:ネイチャーガイド&アートひょんのき)

 

はじめましての方  →プロフィール

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国内瀬戸内を中心のフィールド案内しています。

ご縁を大切に、学び笑いある「横あるき」を実践中。  

※現在 

2015より266回実施継続。

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今回の横あるきリクエストは、

 

1月末に資料館、寺など訪ね歩いた鞆の浦を暖かくなったこの季節

再びお雛さまのあるスポットと、

古くから鞆祗園さんといわれる

沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)を目的地として

 

鞆の浦観光情報センター

バス停「鞆の浦」からスタートしました。

↓こちらには観光パンフレットや地図、お土産販売もあります。

 

鞆の浦観光情報センターの日本遺産文化財マップ

 
一本裏に入るとしっとりとした風景がひろがる石畳のみち。
小烏神社/こがらすじんじゃ↓経由で
 
 

この先少し、曲がった道を行くと、、

(その地点にまさに「クランク」という楽しそうなお店がありました、定休日)

直線道からまっすぐ山麓に門柱と

鳥居が見えるのが、

沼名前神社(ぬまくまじんじゃ)です。

 
 

↓こちらの二番目の鳥居は、

鳥衾形鳥居という珍しい鳥居。

とりぶすま。と読みます。

笠木の両端に「鳥衾」と呼ばれる反り上がった装飾を持つ、

主に江戸時代初期に見られる石鳥居です。

 

 

鳥衾とは: 本来は瓦屋根の鬼瓦の最上部に置かれる円筒状の瓦のことで、鳥が寝止まりする場所「鳥休み」とも呼ばれます。

水野勝重が寄進した重要文化財

 

沼名前神社への石段と門

 

階段を上って、

 

 
本堂 
生まれたばかりのお子様連れの親子3代くらいの
ご家族のお参りの写真撮影にあいました、
よき記念日。
 

沼名前神社能舞台について、観光案内板と案内標柱

 

↓能舞台(国指定重要文化財)豊臣秀吉が愛用し、

京都伏見城にあったものを福山藩主が譲り受けて

後に寄進されました。

日本唯一の「組立式」能舞台として知られています。

 
 
松と竹のえがかれている舞台
前には保護の板が張られていますが、下は空間があ見る
そこから見ることができました。
 
 

その後、顕政寺の見事な梅をめで、

 

 

通り過ぎても、橋をわたったとは気が付かないかも?

という短さの橋、

ささやき橋(1m?)を通り、

山中鹿介首塚を訪ねました。

 

山中鹿介首塚とささやき橋伝説の風景

 

お昼近くになりましたので、

前回、休憩で立ち寄った高台にある☕カフェセレーノさんで

人気のカレーライスをいただきました。

イカ墨などをベースとしているとのことで、コクあり、辛くはなく、

とても美味しくいただきました。

 

鞆の浦のカレーライスと海の風景

 
瀬戸内のど真ん中に位置する鞆港から鞆城跡や四国方面を眺められるテラス
広がる風景と春風が最高!
 

鞆の浦のテラス席と港の景色

 
天候にも恵まれ、春の日差しを浴びてゆっくり。
現在開催中の「町並みひな祭」、地域、環境、鞆と瀬戸内の歴史、様々な内容をご主人から1月に聞かせてもらったのがきっかけで今回も訪ねました。
カフェにもお雛様飾られています。
 

鞆の浦の漁港と灯台、風景

 
鞆港、そのシンボルの常夜灯。
界隈でのライトアップも、このイベント期間の中、
3/21(土)日没~数時間、開催予定のようです。
 

 

太田家住宅

国の重要文化財指定。瀬戸内海を代表する往時の商家

江戸時代より鞆の浦で作られている薬用酒「保命酒(ほうめいしゅ)」の蔵元だった建物

 

鞆の浦のお雛様と春の飾り

 
酒をしぼるおもりにも、花飾り
杏の産地のお隣町、その花が屋敷の入口に活けてありました。

 

 

 

 

 中には、等身大の🎎雛様にも出会い驚きました

住宅の蔵にここに飾られていたお雛様すべて、季節以外は収納されているとのこと。

それにしても、ものすごい数で大きいもの、ひな壇、建物状の枠など、片付けも大変では?と案内の方に訊くと、お引越しくらいの作業になるということ。

展示の時は大変な体力が必要な行事ですね。。。

おかげでこんなにも立派な多種多様なお雛様を観ることができたのはありがたい。

こころより、感謝します。

 

太田家住宅のお雛様は、会期より長い展示で3月末まで。

休館→火曜日

 

 

鞆といえばの、

「保命酒」のお店は、町に5店。

多種の生薬が入った、リキュール。

お店の前から香りが流れてきました。

その保命酒粕や飴、香りの袋など、各店で販売しています。

 

港側のまちの案内施設、「鞆てらす」 で小休憩。

 

 

↑左上 お手火神事(おてびしんじ)
毎年7月に開催される、日本三大火祭りの一つにも数えられる勇壮な神事です。
 
鞆のお祭り、文化、歴史の案内所「鞆てらす」は
数年前にオープン、とても綺麗で明るいですよ。
 
 
↑訪問した、
沼名前神社の能舞台を復元したナノブロック
ナノブロックアワード2025準グランプリ作品!
 
トイレ利用、食事を持ち込んでの休憩もできる施設。
パンフレット、イベントの案内紙、冊子など自由に手にすることができるので、
詳しいことをここで調べるのもいいですね。
 

名残惜しいですが、

観光センターに戻って帰りのバスを待ちました。

 

 

うららかな春の陽気で

波もほとんどなく、ゆっくりじっくりあるきました。

ご参加ありがとうございます!

 

前回鞆の浦の横あるき記事は↓

潮待ちの港文化「八朔の馬だし」展_福山市鞆町 2026-1-31

こちらもよろしければどうぞ

 

 

日々、先人の

衣食住のため、の歩きの足跡をたどりあるき

見聞きをご一緒に想像し、ご案内。

 

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※現在 

2015より265回実施継続。

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今回の横あるきリクエストは、

岡山県倉敷市、阿智神社と美観地区です。

 

広島市中心部から高速バスで2時間半位移動、岡山駅前へ

JR山陽線に乗り換え20分で倉敷駅に到着です。

 

予め、ご興味あること、行きたい小路とスポット、

を挙げていただきました。

 

今回は、

 

阿智神社(あちじんじゃ)

 倉敷美観地区を見下ろす高台(鶴形山)に鎮座

◎歴史を感じる小径、石畳、焼杉の壁、海鼠壁

 奈良萬の小路 など

◎商家、日本遺産の建築物 

 アイビースクエア、倉紡記念館、大原家住宅、大橋家住宅

◎商家の建物を活かした食事処

 楠戸家住宅 はしまや

◎商店街

 を経由し歩いていきます。

 

JR倉敷駅前 さあ、出発!

行先確認しましょう。倉敷は海外観光客の古くから多い街だけあって、

トイレの案内がとても分かりやすい!これは日本人にとっても便利ですよね。

 

 

えびす通商店街を行くつもりが、最初から

筋を曲がることを案内忘れて、倉敷センター街に入ってしまいました。

ですが、価格も含め昭和レトロな通りがかえって楽しく、

お魚屋さんが並ぶ通りが目に入り、一瞬ぬけられなくなりそうでしたね。笑。

 

 

最初に、倉敷駅前から南にゆっくりで15分歩くと

お目当ての、阿智神社の西麓に着きます。

ですが、今回は食事予約の時間が迫っていたので、

後回しに。

 

麓に立ち並ぶ

伝統的な建物の通りをぐるりとめぐって、東町にある、

「楠戸家住宅」呉服店 号は「はしまや」へ。

著名人が訪れ、雑誌に掲載されたり、映画などのロケにも使われているスポットです。

 

「倉敷市日本遺産」を構成する文化財、倉敷市指定の重要文化財

その米蔵だった建物に、

 

アトリエ&サロンはしまや というお客様がご希望予約された

カフェレストランがあり、お昼ご飯をとりました。

 

 

表は呉服店、裏に続く通路、の焼杉、その風情がとても心地よかったです。

お店に着くと、開店すぐで予約客さんで満席。

※休日は予約していたほうがよさそうです。

 

注文した糀をふんだんに使った食事メニューは手が込んでいておいしかったです。

ほかに、アフタヌーンティーが人気のよう。見ているだけでもお腹いっぱいになるスイーツの乗ったタワーは季節柄イチゴのデザートが多いようでした。

 

ランチを終えて、今回、最優先の「阿智神社」へは鳥居をくぐり、

正面の三つの名の付く階段を上っていきました。

米寿坂、還暦坂、厄除坂と続きます。

 

※還暦って何?というお話を「横あるき」でお伝えしています。

 

 

能舞台には雛飾り。オシャレですね。

 

 

絵馬殿からの眺望、

倉敷美観地区

サクラの枝で写真ではよくわからないですが、

倉敷川の沿いに多くの人が行きかうのが見えました。

 

 

4月には桜、その頃から5月にかけて、藤棚が本殿の北側にあり、

藤もめでることが出来ます。

推定樹齢300〜500年と言われる「阿知の藤」は

種類: アケボノフジという珍しい品種で、

岡山県の天然記念物シンボルにもなっていて、街の

マンホールや、灯りに藤のデザインが施してあります。

 

 

倉敷川にかかる、上流から、今橋、中橋、高砂橋を見ました。

 

 

一番上流のものは

今橋/いまばし

一見、石造に見えますが、鉄筋コンクリート造の橋です。この橋は、大正15年、当時皇太子であった昭和天皇が倉敷を訪れた際、既存の石橋を下流に移築した上で、新たに架けかえたものです。

 

そのため、橋の石柱には天皇家を象徴する菊の彫刻が、また、高欄(こうらん)には、画家の児島虎次郎(とらじろう)による竜の彫刻が見られます。

 

中橋/なかばしは、倉敷考古館の前の石橋です。今橋に比べ単純な造りとなっています。中央部分がゆるやかに盛り上がっているのは、船の航行を考慮したため。この橋は約10mの川をまたいでいますが、その桁の長さは、現存する日本の石桁橋の中で最長を誇っています。

 

高砂橋/たかさばし

そばにプレートがあります。

 

高砂橋沿革 

 この石橋は旧今橋で、周人の視集(1600年頭) 架設せられた当時は板橋であったが、天保年間 (1830年頃)に始めて石橋に架け替えたもので、 大正15年(1926年)現今橋に改築されるとき旧高砂町へ移して高砂橋と改名した。

 その後倉敷用水路が改修されたので、橋の保存をはかるため、前神幅を撤去して現位置に移築したものである。

 

昭和42年3月 倉敷市

 

その後の見学は、

アイビースクエア代官所跡の施設↓

倉敷紡績記念館そば。

 

 

大原美術館前の、大原家住宅前を経由。

 

 

奈良萬の小路

ならまんのこうじ 

 

倉敷中央通りから美観地区入口の交差点を東に入り、倉敷物語館の西側の小路を奥に抜ける通りは美観地区の中でも特に美しい路地です。

江戸時代より営業していた老舗旅館「奈良萬旅館」と、向かいに位置する旧邸宅「白井邸」を、中心市街地活性化事業の民間プロジェクトにより、複合飲食施設として再生整備したもので、その先駆けとなった人気観光スポット「林源十郎商店」のすぐ近く。

 

 

スポット最後は、国指定重要文化財大橋家住宅

こちらを有料で見学。案内のパンフレットなどによると

大橋家の先祖は豊臣氏に仕えた武士で1615年大阪落城の後、京都五条大橋辺りに隠れ住んだようで、幕府の追及を逃れるため大橋を称するようになったと言われています。このころから数えると400年余りの歴史がある家柄。

 

 

整えられて、美意識を感じました。

倉敷駅前の中央通りから西側で、観光客がぐっとまばらになり、

建物内に数名すれちがったのみでゆっくりと見学することができました。

 

 

畳に降り注ぐ春の陽が優しくあたたかくじっとしていたくなります。

 

お隣は、近代的なホテルビルになっていますが、

この場所は保ち続いていてほしいと思いつつあとにました。

 

最終は、えびす通商店街を歩きとおしました。

 

 

今回の横あるき記録はこちらです↓

 


小雨、やや低温ではありましたが、土曜日にしては混みあっておらず、

倉敷の一部をしっかり見ることができました。

細かく何度も行きたくなるスポットという感想をいただき嬉しく思います。

わたくしも訪れてご案内したいです。

ありがとうございました!

 

日々、

衣食住のため、の歩きの足跡をたどりあるく

そのご案内をしています。

 

広島ネイチャーナビfukuです。

(屋号:ネイチャーガイド&アートひょんのき)

 

はじめましての方  →プロフィール

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山、野、川、海辺、を案内しています。

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※現在 

2015より264回実施継続中。

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今回の横あるきリクエストは、

広島県大竹市「亀居城跡公園」と「周辺史跡」

 

亀居城跡は、江戸時代の城跡で重要な史跡公園です。

サクラの季節は、本当に広島最西の穴場!

これまで、幾度か案内してきましたが

今回はより深く。

 

過去記事↓

桜の頃→2022-4-6亀居城址の桜と城壁

梅と風景→瀬戸内海の春霞_2025-3-21 大竹市亀居城跡

 

お城の周囲と外郭の史跡も訪ねてみます。

 

 

 

前回、1月末に訪ね歩いた、福山市の鞆城跡も福島正則の築城ですね。

 

しかし、、5年かけて築いたお城を3年で廃城とされてしまう。。。というのは

当時、それを見届けた人々はどんな思いだったのでしょう。

 

この史跡の位置ですが、

東に瀬戸内海沿岸のしまなみ景色、平地が幅狭く、

西には山がせり立って、要害に適しています。

 

現在、高速道路(広島岩国道路)、JR山陽本線、国道がその狭い幅にならんでいます。

近年、新たに開館した下瀬美術館

お城跡~東の海ぎわの埋め立て地に位置します。

 

JR山陽本線の最寄り駅は、「玖波駅 くばえき」

 広島駅から山口岩国方面行にて約50分です。

 

玖波駅前から、こいこいバスに乗換。

乗車7分「黒川会館」バス停🚏

こちらからスタートです。

 

南の城跡の麓隣、和田家長屋門前へ

慶応3年に建てられた貴重な建物文化財。

 

 

 

江戸時代の郡村行政は世襲制が多く、割庄屋・庄屋・与頭(くみがしら)などによる村役人により行われており世襲を江戸時代を通じて約270年間守り通すのは容易でなくわずかであり、それを通したのが小方の和田屋、ということです。

 

氅の碑

けごろものひ 

 

 

松尾芭蕉の150回忌(1843年)に市の小方地区の人々によって建てられました。

刻まれているのは、芭蕉が亡くなる前年に詠んだ「晩年のお気に入りの句」

「者世越」とは「はせお」と読み、芭蕉の俳号です。

 

芭蕉の優秀な弟子、志田野坡(しだ やば)が何度もこの地を訪れて俳句を教えたことから、大竹では俳句文化が非常に盛んになりました。幕末には「氅社(しょうしゃ)」という俳句会も結成されました。

 

この碑は文字の彫りが非常に見事。同じ時期に近くの寺院で素晴らしい石仏を彫った地元の名工・松五郎の手によるものだと推測されています。

   
  者世越   氅に つつみてぬくし 鴨の足
    天保十四卯年  為百五十回忌 

 

 

碑の後ろは崖になっていて、その上部に厳神社(いつきじんじゃ)があります。

 階段を登る途中に、社務所、そして、神社がみえてきます。

 

 

妙見丸で発見された石材

 

 
幕府によって廃城されたので、こちらに移った厳神社。
 
ここは妙見丸(標高約30m弱)という郭で、
厳神社の本殿西側あたりはJR線のトンネルになっています。
 

益豊神社、稲荷神社のその奥に、

 

 

嚴神社 いつきじんじゃ

 

 
裏手の林からつづく小径、
下り降りた交差点に、
「亀居城築城犠牲者慰霊碑」
 

 

更に下り、なみだ橋↓

 

 
 

 

JR山陽本線の上にかかる橋です。

撮り鉄さん、列車好きさん、によき場所かも?

橋の向こうは、厳神社社務所。

神社の入口、長い階段の途中に戻れます。

 

引き返して、平地に降り、

 

楓園咊田翁之碑を見学

最初に見学した和田家、の和田吉左衛門の俳号。

振り返ると亀居城本丸の郭がみえました。

 

 

 

20歳で割庄屋に就き、凶作に苦しむ村人を救う。長州戦役で主戦場となり、大きな被害を受ける。被災者救済のため、「新開(干拓地)」を完成させた。明治政府のもとで戸長に就任、地域改革を進めたなど、の功績を没後にたたえた碑です。
 

亀居城 無の丸跡などの見学

 

 

亀居城 本丸跡。

コンビナートがみえます。

大竹市出身の昭和を代表する作詞家

石本美由起氏の歌詞碑がこの城跡に多くあります。

 

 

亀居城跡 捨の丸と郭のあいだの階段を後にしました。

 

 
高速道路の沿いからお城跡を振り返り、
国道2号線にでて、後は駅まで一直線にゴールしました。
 

今回の記録です↓

 

 

休憩込み、4時間、約5.5KM
累計高度150m。の散策でした。

苔が路面に多く、湿度90%で滑りやすかったのですが、

ゆっくりと安定してすすめてよかったです。

梅の開花はわずかではありましたが、香りをたのしみました。

地図アプリにもなかなか見当たらない場所にも

訪ね、くつろいでいただきました。

 

ありがとうございました!