「ここだよ。入って。」
櫻井がパチリと電気をつけ、大野を中へと促す。
「あ…おじゃま…しまぁす…。」
警戒しながら、大野が靴を脱ぐ。
一人暮らしの男の家。
神のいる形跡は今のところない。
櫻井が内心安堵の息をつく。
「…うわ、なにこれ?」
大野が不思議そうにリビングのテーブルの上を見る。
そこには今朝寝坊したため放置された掘りかけの王将と、床には木屑が散らばっている。
櫻井が慌ててそれを片付けながら、「王将掘ってるんだ」と告げる。
「……おうしょう、ほってる…?」
心底意味の分からない顔に、櫻井がえーっと、と言い訳をフル回転させて考える。
「あの~…ほら、大野さんと暮らす一家の大黒柱になる決意として、まずは王将を…」
フル回転させた結果がこれだ。
情けなく頭を抱えるも、大野は「…そう」と何故か照れくさそうに首元を触る。
「…ていうか!こんなことさ、同棲相手がいて出来る?気ままな独り暮らしじゃないと、木屑だらけのまま放置して出勤なんて出来ないでしょ?」
「…まぁ、確かに。」
大野は首を傾げながらも納得する。
「でも…女物のバッグがあったって…」
「どこ探してもいいよ!怪しいものなんてないから!!あっ…その、そういう感じのDVDとかはあるけど…
あの、それは大野さんのこと好きになる前に買ったもので、今は完全に大野さんの妄想だけで処理してるっつーか…あっ、待って嘘、今俺何言った、ごめん忘れて引かないで!!」
櫻井がしどろもどろに言い訳するのを見て、大野がぶっと噴き出す。
「櫻井さんて…嘘苦手でしょ。」
「…ハイ…苦手です…」
しょんぼりする櫻井に大野がいよいよ笑いだす。
「ふふ…あはは、最初酷かったもんね!神様が~とか地球が~とか、運命の人です!とか言ってさぁ(笑)」
「で、でもそれは…」
「嘘じゃない。…っちゅーことでしょ?」
大野が柔らかく笑う。
その全てを包み込むような表情に、櫻井の心臓がドキッと跳ねる。
「信じて…くれるの?」
「それ自体が本当かはともかく、櫻井さんは嘘ついてないんでしょ?」
「…うん…ありがとう…」
信じてもらえるわけがないと思っていた櫻井は、少しだけ泣きそうになった。
「あ…これ…何?」
大野がふと気になったのは冷蔵庫横にかけられた白いトートバッグ。
「あ…えーと…とーふバッグ………?」
櫻井もこれが何なのかよく分かっていない。
何せ神がくれたものなのだから。
「とーふ…?」
何故か疑問に疑問形で返され、更に意味不明な言葉を受けて大野の頭上にクエスチョンマークが並ぶ。
「あーもしかしたら斗真、これのこと女物のバッグだって言ってたのかな…」
大野はなるほど、とじっくり観察する。
確かに白いバッグに、豆腐の絵だ。
女物っぽく見えないこともない。
しかし、トートバッグに豆腐の絵…。
「…んふふっ。何だこれ、変なの(笑)」
あ、と櫻井は神の言葉を思い出す。
「しかも…木綿と絹のリバーシブルなんだよ。」
大野がその言葉を受けて生地を裏返す。
「…あははは!本当だ!ウケる、何これ!」
櫻井もつられて笑う。
使い道のなかったバッグは、いたく気に入った大野にプレゼントすることにした。
「…あ!そういや、大野さんともう一つ出会ってたの見つけたんだ!」
櫻井がプレイヤーを操作してテレビに映し出したのは、生田や堂本と観た日本代表戦のインタビュー映像。
「ほら、これ大野さんでしょ?」
画面の後ろで顔を伏せる姿に、大野自身も驚く。
「うわ…本当だ…映ってるなんて知らなかった。」
「そうだ、この時着てたのがこのユニフォームだよ。」
生田が泊まった時に着ていたものを部屋干ししてあったため、すぐに持ってきて大野に見せる。
「これ……」
「ね?何か縁を感じるでしょ?覚えてないと思うけど…」
大野がユニフォームを手に取り、信じられないという風に見入る。
「……じゃぁ……あの日、おいらに無責任なこと言ったのは櫻井さんだったんだ…」
「…えっ?!ごめん、俺何かした?!全然覚えてないんだけど…。」
大野はその日に思いを馳せる。
「…あの日ね。おいら、付き合ってた歳上の彼女に話があるって呼び出されて。おいらの誕生日だったから、逆プロポーズだったりして…って思ってて。
ほしたら、『旦那にバレたから別れたましょ』って。さらって捨てられたの。
全然知らなかったんだよ。結婚してたことも。向こうに愛情なんてなかったことも…。遊ばれてたのに、馬鹿みたいでしょ?」
そんなことない、と櫻井は首を振る。
「…おいら女運悪くて。いつもそうなの。二股とか、寝てる間に財布のお金盗まれるとか、ストーカーとか、不倫とか。女の人って怖いよね。平気な顔で嘘つくんだもん。だから…怖くなっちゃって。」
大野が苦笑するのを、櫻井は分かる、と頷く。
「…俺も、テレビで彼女が映ってて…結婚詐欺で逮捕されてて。突然裏切られるのって辛いよね。
だって、どれが嘘だったのか…思い出全て否定されると、自分自身を否定されてるような気になる。」
大野がこくんと頷く。
「…あ…もしかして、それで男に…?」
「違うよ。男に、じゃなくて。…大野さんに。
あなたという個の人間に…惹かれたんだ。」
櫻井が大野を真正面から見据える。
どくん、どくん。
大野の心臓が大きく高鳴る。
──そんな人じゃないって思ってるから、惹かれてるんじゃないの?
──素直になっちゃえばいいのに!
会議室での相葉の言葉がリフレインする。
(おいら…やっぱり、櫻井さんのこと……。)
続いてばっかりでごめんなさーーい!