「爆弾握り飯から弁当に進化したのか?」
昼休み。
食堂に着き、弁当をカバンから出すと頭をぽこんと殴られて振り返る。
居るはずのない脳天気な翼の顔に驚く。
「何だよ、今日定例日じゃねーじゃん。なんでお前いんの。」
「言い方!もうちょっと嬉しそうに言えねーのかよ!いやさぁ~今後本社にいる感じになりそうでさ。異動じゃないんだけどね。」
翼は勝手に前の席の椅子を引き、腰掛ける。
その目の前に置かれたのは食堂の日替わりカレーだ。
「そうかよ…」
「何だよ、喜べよ!狩り行きやすくなるんだから!で、今日はどう?」
こそっと耳打ちされるも、俺は今それどころじゃない。
先日までの状況とはまた異なっている。
何せ大野さんが色んな人に狙われていて気が気じゃないからだ。
それに、何より。
「今日は餃子パーティーだから無理。」
今日は大野さんになるべく早く帰ってきてって言われてるし。
「は?」
翼の怪訝な顔に、「まだ状況的に無理なんだって…」と言い直す。
「おま、例の子どもがどうこうってまさか本当に…」
「俺のじゃねーから!でも…今ちょっと守らなきゃいけない人がいて」
「…やっぱ子ども?」
うーん…まぁ、翼になら説明してもいいかな。
精神的にも落ち着いたし。
幸い一番端のテーブルで、聞き耳を立てられそうな場所ではない。
俺は声を潜めてざっと状況を説明した。
「…はぁ?何だそれ??お姉さんが海外で捕まって?子供3人育てつつ?未成年の男を家政夫として置いてんの?一つ屋根の下に??」
「一つ屋根の下って…今時その表現しなくね?マンションだし。」
翼は、そんなことはどうでもいいんだよ!とつっこみながらカレーを口に運ぶ。
今日の日替わりカレーはキーマカレーらしい。
美味そうには見えるが、俺には繊細で色鮮やかで、見た目だけでなく味もめちゃくちゃ絶品な弁当があるから微塵も羨ましさはない。
今日のだし巻き卵も相変わらず絶品だ。
甘みも旨味も完璧。
今朝の昆布と鰹節の匂いを思い出し、ほうと溜息が漏れる。
ああいうのを幸せの匂いっつーんだろうな。
「ほんと波乱万丈だな。映画かよ!」
「映画だったらまだ終わりが見えるけど…俺の場合姉貴の状況もよくわかんねーしさぁ。」
「まぁ、そうだな。しっかし…それで子どもが~って言ってたのか。ビビッたよマジで!治って隠し子でもいんのかと思ったから!!(笑)
で、その家政夫くんがいるんなら別に狩り行けるんじゃねーの?この前もそれで出かけられたわけだろ?」
「そうなんだけど…その人が…なんつーか、放っとけないっつーか。目が離せない危なっかしい人でさぁ。あ、家事とかは完璧なんだけど。…色んな人に狙われてんのに、気付かねんだよ。しかも男に。抜けてるっつーかなんつーか…」
男に…ねぇ。と、翼が小さく呟く。
ほんと不思議だけど、大野さんを狙うのは男ばっかりだ。
周りに女が少ないっていうのもあるんだろうけど。
「…そんなん、お前関係なくね?その男が誰にどうされようが。甥っ子達に被害及ばないんだし。」
「ん~まぁ極論言えば関係ないっちゃないんだけど…」
俺の歯切れの悪い答えに翼が眉を顰める。
「…お前、まさか…」
「ん?まさか、何?」
「…いや、何でもねーよ。……とにかく、あんま肩入れすんなって。な?お前はお前の問題を片付けりゃいいじゃん。三十路突入まで半年くらいしかねんだぞ?」
ぐっ…。
流石は同期(?)、痛いところをつく。
そうだ、俺は30までに童貞を捨てると決めている。
いつまでもこんな病気と付き合ってられっか!!
だけど…
「なんか、そんな気になれねーんだよ…。つーか、そういや……勃 ったんだよ。」
「……は?経った?立った?何が?」
「だぁかぁらぁ~…ナニが。」
こそっと告げる。
一応、ほら、こいつは治療に付き合ってくれてるし…報告?
視線を自分の股 間 に移す。
つられて翼のそれも下に向き、暫し固まる。
「たっ………たぁ~~~っ?!??!」
「しーーーーっ!!!!」
慌てて翼の口を抑える。
キャー♡と何故か遠くで一部の女子が盛り上がっている。
そういや一部のファンクラブの中では、翼翔組とかいうわけのわからないユニット名みたいなのつけられてるらしい。
俺程ではないが次点で女にモテる藤ヶ谷情報だ。
「ま、ま、ま、まて、家政夫くんに?ナニされたんだよっ?!」
「何もされてねーよっ!!…それが、寝顔見てたら…」
「はあぁぁあぁぁあ?!???!余計心配だわ何だそれ?!?」
「俺だって意味わかんねーんだよ!!病院で言ったら、その人考えて毎晩オ ナれって言うから~…」
「…で、、、、出たの?」
「……出た……。」
翼がゲホッゲホッと咳き込み、水を喉に流し込む。
ふぅと一息ついてから、真剣な顔で俺を見る。
「…過去にそういう前例は?」
「いや、アレ(E D)になってからはない…」
「…それって、お前、マジでそいつのこと…」
翼の台詞を待たず、俺の携帯が震える。
わり、と一言詫びて携帯を見ると、そこには『大野智』の文字。
慌てて開くと、なんとも大野さんらしい。
大野で~す。
初LINEしてみましたお昼休憩中ですか?おいらは学校終わってスーパーです!
雅紀くんのリクエストの餃子の材料を買いに来たんですが、真珠貝の貝柱っていうのを見つけたのでバター炒めにしようかなと思ってます晩酌のおつまみにどうですか?
櫻井さんは貝好きかな~って思って聞いてみちゃいましたぁ
ほわほわ~って画面から華が飛ぶのは何でなんだろう。
本当に変わった人だ。
お疲れ様です。
小生、貝、大好きです。
ありがとうございます!
寄り道せずマッハで帰ります。
買い足すものなどあればご連絡下さい。
かしこ。
…ふふ、仕事早く終わらせねーと。
「………翔。あのさ。その病院変えろ。あと今度お前ん家行くから。」
「え、何でだよ!」
そういや翼いたな。
忘れてた。
「いいから。で、そのLINE例の19歳からだろ?会社で連絡取らない方がいいぞ。」
「え、えっ、何でわかったの?つーか何で??」
「表情筋が仕事してねぇ。」
翼はガタンと乱暴に席を立ち、カレー皿を載せたトレーを持って食堂の返却所へと向かった。
……何怒ってんだよ、あいつ?
つーか、表情筋が仕事してねぇってどういうことだ??
「…櫻井さん、何でそんなニヤけてるんですか?」
昼休み終わり、LINE画面を眺めている時、千賀に引いた顔で聞かれてようやく気付いた。
なるほど、今後からはこっそり見よう。
画面から飛ぶ華は、表情筋を殺す作用があるらしい。
弛んだ頬と目尻に力を入れ、携帯を胸ポケットに仕舞った。