「こ、こう…ですか?」
「うん、そんな感じで。」
先生の鉛筆を走らせる音が部屋に響く。
丸い目にじっと見られてる視線より…
翔くんの、頬に置かれた手と、
触れそうな唇が気になりすぎて……。
い、息がしづらいんですけど~!!(泣)
「あ、私のことは気にせず自由に話して下さいね。」
き、気にせずって言われても…
先生がテレビをつける。
音が混じって、話しやすい雰囲気を作ってくれたみたいだけど…
この距離で話すのは…なんか……
「…ごめんね、智くん。」
「ぅえっ?!」
こ、声が裏返った。
「や…なんつーか、こんなことに…」
小さく呟く翔くんの唇が、動く。
何となく、ごくりと唾を飲み込む。
「しょ、翔くんのせいじゃないだろ…。」
「…無理矢理俺の夢に付き合わせてるから…さ。」
無理矢理、なんて。
そんなこと思ってたんだ…。
「おいら、嬉しいよ?」
「…え?」
「おいらの絵を好きだって言ってくれて、一緒に夢を見ようとしてくれる人がいるんだもん。幸せだよ。すごく。それに…もう、おいらの夢でもあるよ。翔くんと漫画家になりたいって…割とマジで思ってる。」
「…智くん…。」
頬に添えられた翔くんの親指が、そっと滑り、おいらの肌を撫でる。
その優しい動きに、ドキッとする。
「俺…ちょっと…ヤバいかも。」
翔くんが目を伏せる。
あ、体勢…
確かにずっと同じポーズって大変だ。
「…わかる。おいらも。」
さっきから少し反ってる腰が痛い。
それに翔くんは、なんていうか…おいらにもたれかかる直前の体勢だから、余計辛そう。
「…ごめん…いい?」
少しだけ力を抜きたいんだろう。
腰に回したおいらの手にぎゅっと力を込め、身体を支える準備をする。
「ん。大丈夫だよ。」
いつでももたれて。
…って言いかけたら、
「……っ?!?」
突然翔くんの唇が当たって。
え、え、何が起こってんの?!?!?!
翔くん何で目ぇ閉じてんの~~~っ?!?!
「大野さん…動かないでね?」
先生の抑揚のない声が鼓膜に響く。
ええええ~っ!!!!!
先生も何でスルーすんの?!
あ、見慣れてんのか…
って、動かなかったらこのままじゃん!!!
ていうか翔くんもたれる場所違くない?!
普通顔より身体預けるでしょ?!
混乱しまくっていると、すっ…と閉じていた翔くんの目が開く。
超至近距離で、視線が絡まる………。
ドクンッ。
潤んだ瞳は、丸くて、おいらを映してて…
その揺るぎない目に……
吸い込まれそう、で………。
「…はい、ありがとうございました~。」
先生の声にはっと我に返る。
慌てて身体を離す。
「今日はもう結構です。また明日も…来ていただけるんですよね?お願いしますね。」
先生がにっこり笑い、おいら達はよろよろと帰り支度をした。
先生に帰り際にもらった漫画を紙袋で持ち、翔くんと並んで駅のベンチに座る。
ホームの端っこの、自販機のすぐ近くのベンチ。
結構田舎な駅で…
乗換案内アプリを確認すると、次の電車は17分後。
人も全然いないし、ベンチが横幅の広い自販機に隠れてるから、そもそも人がいても見えない。
そして、二人ともさっきから無言だ。
何か話さなきゃ、と思って、漫画を手に取る。
先生の描いた漫画だ。
やっぱりペンネームは違っていたらしい。
「…『TとDK』…か。読んだことある?」
「あ…えっと、ない…かな。でも巻数多いから人気なんだろうね。」
「うん……あれ、ねぇ、この主人公…誰かに似てない?」
明るい髪。
笑い顔。
モデル体型。
特徴的な口。
「え?…あ、ほんとだ、これって、」
「相葉ちゃん。」
「雅紀。」
「…ふふ、やっぱり(笑)」
パラパラとめくると、Tは担当、そしてDKは男子高校生だということがわかる。
「漫画担当と男子高校生の恋…か。何か、不思議とこの担当も…あの人に似てるよね?」
「あぁ…
担当の二宮さん?」
受付で声をかけてくれた二宮さんは、笑った顔は胡散臭いけど、イケメンで。
確かにこの漫画に出てくる担当者とよく似てる。
顎のホクロとかもそのまんまだ。
「そう。にしてもさ、二宮さんも意地が悪いよなぁ。少年漫画の内容で漫画作ってったのに、BL漫画家に弟子入りさせて、それ教えてくんねぇんだもん。
だから…先生が女だとはね。俺てっきり男の人かと思ってたからインターフォンで声聞いた時めっちゃビビったもん。」
「ふふ、おいらも。びっくりしちゃった。女性で少年漫画描く人も勿論いるけど、少ないもんね。…可愛い人だったね、和先生。関西弁でさ。」
「な。絵も綺麗で可愛くて…模写見せてもらったけど、すごいいい感じだったよね。」
「うん、わかる。優しい絵に人柄が出てるよね。この漫画も…パラパラ読んだだけだけど、思ってたより面白そうだし、抵抗ないかも。」
ぱらり、めくった手を翔くんが止める。
…というか、包み込むように握られる。
「えっ?」
「抵抗…ない?」
「……えっ??」
「男同士……。本当に、抵抗、ない…?」
ぎゅっと握られた手。
真剣な眼差し。
「え、あの…」
「俺…智くんのこと、本気で……好きなんだけど……。」
す、すき…?
あの、櫻井翔が?
こんなおいらを???????
「しょ……からかってんのなら…」
何とか震える声を出すと、
「からかってなんかねぇよ。…真剣だよ。」
あの日と同じセリフが返ってきて、そして、
「…っ」
また、キス、された。
パニクったんだけど、本当に何が起こってるのかよくわかんなかったけど、
今度は…
目を、閉じた。