「なん…で……?」
「君でしょ?おーちゃんの中に入ってたのは。」
優しく抱きとめられたその体温は、忘れることのなかった温度。
なのに、『俺』では初めての温度──。
「なんで、分かったの…」
顔も名前も、知らないんでしょう?
左利きというだけで、俺を見つけられるはず、ない。
有り得ないよ。
「字だよ。」
「字…たって。そんなん…。」
異様に特徴のある字でもない。
それをノートとかで何となく覚えてたとか?
そんなの、ありえない。
9年も前のことなのに。
「これ。」
身体を離しカバンから出されたのは、小さなシワだらけの黄色い紙。
…付箋。
『部活で描いている智の絵も黄昏だよね。パリのやつ。あれは何なの?まさか行ったことあんの?だとしたらなまいきなんだけど。』
俺が智のノートにつけた、伝言の付箋だ。
智の返事は青の付箋だった。
「おーちゃんが…君が泊まりに来た日。多分ゴミ箱に入ってたのを、かーちゃんがゴミ集める時に落としたんだろうね。俺の机の横に落ちててさぁ。おーちゃんの使ってた付箋の色だったし、拾い上げたら『智』って見えて…あれ?と思って。
誰が書いたものかはわからなかったけど、何となくずっと取ってあったんだ。…気持ち悪いって言われそうでおーちゃんにも内緒にしてたけど。」
相葉ちゃんがいたずらっぽく舌を出す。
確かにこれは…変質者…っぽいけど…。
「…あ、い、は、ま、さ、き…。全部ある…まさか、筆跡鑑定?」
「そ!3年前から毎年右手怪我したフリして、普段は街中で、イブはここに来てるお客さんに片っ端からひらがな書いてもらってたんだ。
君への手がかりは、この文字と…俺の誕生日に一緒にここへ来る…ってことだったから。絶対来てくれるって信じてた!ありがとね!」
相葉ちゃんがキラキラの笑顔で俺の頭をぽんと撫でる。
何よ…それ。
俺が来るのが当然、みたいな。
その根拠の無い自信、どっからくんだよ。
…実際、毎年来てたけど…。
「でも…風間ぽんが突然、『今年もパークで探すんだよね?スタッフに誕生日シールもらったりするの知ってる?そっちも一応当たってみたら?』って言ってきて。今までそんなこと言われたこと無かったのに。
まさかとは思ったけど、風間ぽんの方が先に見つけてるなんて…悔し~っ!!それにしてもキャストになってるなんて!もぉ~、それは予想外だったよ~!(笑)」
ちぇ、と口を尖らせる待ちわびた人。
風間は…気付いてたの?
何で?
だから、2ヶ月も前から俺にキャストとして入れって言ってたの?
なんだよ、それ。
ふざけんな。
言えよ。
何なんだよ、風間のくせに。
ていうかこの人個人情報ばら撒きすぎじゃねーの。
ほんと馬鹿なんだけど。
だけど…間違って、なかったんだ。
この日にここへ来ることは。
広いパークだ、今まで出会えることはなかったけど、すれ違っていたかもしれない。
今年は風間の余計な…『お節介』で出会えたけど
きっと、あのままでも
いつか 俺らは出会えてた。
そういうことでしょ?
「あと、色んな癖と握手!」
相葉ちゃんが俺の手をまた握る。
「驚いた時、不安な時の君の癖は覚えてるから…字と癖で、ある程度はもう当たってると思ってて。
決定打は君と握手したこと。おーちゃんと握手するのとはあの頃から全然違ったんだ。安心するのはするんだけど、ドキドキして、胸がギュッてなって、手がじんわり汗かく感じ。何でかな?よくわかんないけど!」
相葉ちゃんがニカッと笑う。
あなたも…そうだったの?
そして同じように、知らないはずの『俺』の手でも…
そう感じてくれたって、こと?
あれからあなたには、9年以上も経ってるのに…?
ひらひらと重力へ抗うような動きの雪が、ゆっくり動くパレードのカラフルな光を纏って俺の周りを染める。
ねぇ。
これは…夢?
幻…じゃないよね?
「待たせて…ごめんね。」
本当だよ、どんだけ待たせんだよ。
おせぇんだよ、馬鹿。
「意地張って時間かかっちゃって…ずっと不安にさせて、ごめん。」
俺がどんだけ不安だったと思ってんだよ。
智の絵の顔くらい見ろよ。
名前くらい聞けよ。
ふざけんな。
心に浮かぶ言葉とは裏腹に、俺の首はぶんぶんと左右に揺れる。
いつもは天邪鬼な俺の本心と言動が、入れ替わってるみたいな。
相葉ちゃんの謝罪を、無言でひたすら否定する。
会えて、嬉しい。
探してくれて、めちゃくちゃ嬉しい。
そんな言葉を口にしたくないのに、喉の奥まで出かかっている。
こんなの…俺じゃない。
だけど……俺の隠しきれない本心だ。
「でも…ね?約束、守ったでしょ?」
「やく…そく……?」
「どこにいたって必ず君を見つけるって。言ったでしょう?」
ぼろり、ついに必死に溜めていた涙が溢れる。
ダムが決壊したみたいに、ボロボロ次から次へと、涙は止まらない。
殆どの人はやってきたパレードに夢中だ。
明るい光。
楽しい音楽。
舞う聖なる雪。
夢の国の、嘘みたいな、現実の奇跡。
「き、きっと見つけてくれるって、ずっと…っ、うぅ…っ、でも、もう忘れてるって、自分に言い聞かせて…っ」
相葉ちゃんの大きな手が俺の頭を撫でる。
「くふふ、ごめんごめん。忘れるわけないでしょ?生まれて初めて自分から告白した大好きな子なんだから。」
大好き……って…
まだ、そんなこと言ってくれるの?
こんな俺のこと…。
膨大な人の中から探し出してくれただけでも、
俺はもういつ死んでも心残りなんてない位嬉しいのに。
「俺…智みたいに、優しくない…」
「優しいよ。あの夏、いっぱい一緒に過ごしたんだもん。君の優しいとこ、知ってるよ。」
智の身体だったのに。
一緒に過ごしたと言ってくれる優しさに、追いかけるように涙が伝う。
「き…穢い、し…」
「キレイだよ?俺ね、普段子どもと接してるから、心がキレイかどうかすぐわかるの。君はとってもキレイ。…大丈夫だよ。」
あんな仕事をしていた人間が、綺麗なわけがないのに。
なのに、何故あなたが言うと、そうなのかなと思えてしまうんだろう。
「それに…性格悪くて…」
「ねぇ、俺の好きな子をそんな風に言ったら怒るよ?」
好きな…って……
ねぇ神様。
俺、こんな幸せでいいの?
もうすぐ死ぬのかなぁ?
死にません。←
次で終わります。