クリスマスの赤と緑に彩られたパークは、ココ最近で特に冷え込んだ日となった。
吐いた息が白くなり、鼻は赤みを携える。
…トナカイって、本当に鼻が赤いのかな。
そんなどうでもいいことが頭を過ったけど、寒さでそれどころじゃなくなって浮かんだ疑問は消えていく。
人に溢れるパークを見渡す。
恋人達はぴたりとくっつき、そうでない人達はモコモコの耳当てや帽子で寒さをしのいでいる。
だけど皆、キラキラの笑顔で。
空間が、雰囲気が、幸せそのもの。
寒くったって、暑くったって。
その空気はどの日も変わらない。
やっぱり魔法の国は健在だ。
冬があっという間に夕闇を連れてくる。
一日は、早く、短い。
そんな当たり前なこと、歳をとるにつれてひしひしと実感する。
簡単に見つかるわけない。
──キット ミツケテクレル
俺のことなんて覚えてるわけない。
──ワスレル ワケナイ
相反した想いはぐるぐる回って、同じところをずっと締め付けている。
喉のずっと奥で、心が叫ぶ。
──アイタイ
会いたいよ…、相葉ちゃん。
「あの、すみません、ここってどうやって行けば…」
カップルが俺に声を掛ける。
とびきりの営業スマイルを貼り付けて、案内する。
「こちらでしたら、このルートで行くと良いかと思います。この時間ですと待ち時間にパレードも少し見れますよ。行ってらっしゃい!」
笑顔で見送ると、幸せそうなカップルは腕をからませて駆けていく。
…俺も詳しくなったよなぁ。
3年前まで、足を踏み入れたこともない、夢のまた夢の場所だったのに。
「…あ、雪。」
ふわりと落ちた頬の上で、じわっと溶けて水になる結晶。
ホワイトクリスマス…イブ。
相葉ちゃんだったら、きっと大騒ぎだ。
超ロマンチックじゃない?!なんて言いながら、犬のように駆け回るだろう。
…冬の相葉ちゃんを、俺は1日だって知らないけど。
それに…今彼は26歳。
もうとっくに大人の男になってるだろう。
だって、9年だよ?
小学1年生が高校に上がるんだよ?
俺の記憶の中の相葉ちゃんは、もういない。
あんな馬鹿みたいに明るい奴が、そのまんま大人になってるわけないじゃん。
俺を探してるわけ…ないじゃん。
1人苦笑すると、遠くからパレードの音が流れ始める。
パレードは多少アレンジや流行はあれど基本は変わらない。
曲も、キャラクターも。
──ニノっ!
あの時、ほんと奇跡だったな。
思わず一人、笑う。
ニモをニノだと間違えるなんて。
相葉ちゃんて、そういうとこある。
──君は、左利き。でしょう?
いつだって、自分の知らないところで
こっちの心臓とめるくらいのミラクルを起こすんだ。
俺がどれだけそれに一喜一憂してるかなんて
なーんも知らないでさ。
ほんと…
迷惑な奴。
「あの…すみません、シール貰えますか?」
「あ、はい!」
ボケっとしてたから慌てて振り返ると、
そのまま目を大きく見開いた。
相葉ちゃんが
そこにいたからだ。
「今日、僕、誕生日で。色んなキャストさんにそれぞれシールもらって集めてるんです。」
照れくさそうに笑うその姿に、ごくりと息を呑む。
確かにキャストによってシールの書き方やイラストは色々あるから、シールを集めてる人はいる。
いるけど……。
平静を装って、震える手でバースデーシールとペンを出す。
「お…名前…は…」
「あいばまさき。平仮名でお願いします!」
ああ、神様。
ごめん、
諦めてたなんて、嘘。
確かに、嘘だけど、まさか本当に──。
震える手でその名前を書く。
勿論……左手で。
だけど…左利きの人間なんて、案外沢山居る。
こんなので判断できるわけがない。
「おめでとう…ございます。」
「ありがとうございます!」
相葉ちゃんは優しく笑ってそのシールを受け取り、確認する。
「…ほんと、キャストさんによってデザイン違うんですね。」
名前を何とか書いただけのシンプルなそのシールを見て、優しく笑う目尻の皺。
俺の知ってる彼より、ずっとずっと大人で、だけど笑顔は何も変わってなくて──。
ダメだ、
このままじゃ、立ち去ってしまう。
一生、出会えなくなってしまう。
待って、
でも、なんて言ったらいい?
俺は
どうやってあなたに声をかけたらいい?
喉がカラカラになる。
何か言わなきゃ、そう思ってたら、
「やっと………。」
「……え?」
相葉ちゃんの消え入りそうな声が、わあっという歓声で掻き消される。
パレードのキャラクターが見えたのだろう。
「あの。手、いいですか?」
唐突すぎて、わけもわからないまま震えた右手を差し出す。
ぎゅっと握られて、蘇るのはあの日の思い出。
師走も終わりかけ、寒さに手の感覚がなかったのに、相葉ちゃんのそれはポカポカとカイロみたいにあったかい。
まるで太陽みたいに。
慣れた、恋焦がれた温度。
だけど、このみすぼらしい子どもみたいな手では初めての感触で──。
あの時よりは大きい手が、ぎゅっと俺の手を握る。
「あ、の…?」
「やっぱり…。やっと見つけた……。」
近くまで来たパレードの音の合間に、そう呟かれて。
「…遅くなって、ごめんね。」
腕を引き寄せられ、抱き締められた。