「松潤…おい、潤!」
呼ばれた声に松本はハッとする。
突っ伏した机に居眠りをしていたのだと気付く。
大野は少しでも寝かせようとしていたのだが、夢でうなされていた松本を心配になって起こしたのだ。
「大丈夫か?無理すんなって。」
「あ…ごめん、智がこれ掛けてくれたんだ?」
夏とは言え、クーラーをかけている自室だ。
肩にかかったシャツを見て礼を言うと、大野はふっと笑う。
「潤、寝言言ってたよ。「善処します」とかって…サラリーマンか。(笑)」
「嘘でしょ?あ……言った。夢ん中で。智に。」
「俺?」
「そ。数年前の…コンサート前の忙しい時の夢かな。ほら、あったじゃん。なんかの撮影で俺ら2人の楽屋でさ、マネージャーが書類ぶちまけたりして…俺が怒鳴ってんの見て智が宥めてくれてさ…。」
「そうだっけ?忘れた。」
嘘か本当かは分からない。
でも大野がそう言うのを何となく予想がついていた松本は、頬を緩めて笑う。
「とにかく、夢で智に振付頼んでそんなこと言ってた。」
「げぇっ!マジか…え、今回も多い?早めによろしく…。」
「ふはははっ、それそれ、それの返事よ。ウケる、夢と同じこと言ってんだけど(笑)」
「え、嘘?俺成長してねぇな(笑)」
成長していないわけではないが、
確かに大野は変わらない。
変わったのは2人の関係だけ。
「んーっ…今何時?」
松本が伸びをしながら大野に尋ねる。
「23時過ぎ。」
「じゃもーちょいやるかな…」
「やだ。」
椅子をくるりと回される。
松本の視界が、突然大野のどアップになる。
「…何だよ?」
答えがわかってるのに、ニヤニヤと歪んでしまいそうな口を隠しながら尋ねる。
「…れに……え。」
「ん?聞こえませんけど。」
「…俺に構えっ。」
むぅと膨れる頬に、ははは!と笑う。
「俺、絶賛仕事中なんスけど。」
「ダメ。リーダー命令。まってらんない、もー眠たい。」
「はいはい。分かりましたよリーダー。」
松本には分かっている。
別に大野は無理矢理仕事を遮ってベタベタしたいようなタイプじゃない。
だけど自分が追い込まれている時、必ず大野は松本に擦り寄ってくる。
嗅覚…みたいなものが鋭いのだと、松本は思う。
自分を自由に変えて、トゲトゲしている人間を和ませる天才だ。
器用だと思う。
そして、そういうところにたまらなく憧れる。
その感じが、ずっと変わらないところにも。
自分は変わってしまった。
純粋にダンスが楽しくて、部活感覚で、櫻井にくっついて回っていた頃の自分はもういない。
それを寂しく、そして虚しく思う。
それを超えての今があることは、しっかり受け止めているつもりであるにも関わらず。
「智。」
手を広げると、すっぽり収まる歳上の男。
可愛い、だなんて、きっと間違った感情。
だけど…
「はー、いい匂い…。」
「んふふ。変 態っぽいな。」
この柔らかい声と笑顔に、そう思うことは必至。
「愛 してるよ。…智は?」
「…恥ずいんだって。んなこと言わせんなって何回も言ってんだろ。」
「聞きたい。何度だって聞きたいんだよ。頼む、言ってよ……。」
松本の絞り出すような声に、大野は考える。
この男をこんなにも苦しめ、辛くさせるものは何だろう、と。
松本にとってそんなに追い込まれることなら、コンサートの総監督は辞めてしまえばいいとさえ思っている。
それでも、松本は必ずやり遂げる。
毎回『過去最高』を更新して。
血のにじむような努力、とよく言うが、松本がいつか本当に血を吐いて倒れるんじゃないかと大野は気が気でない。
コンサートは楽しい。
でも、松本の身体の方が大事。
だけど自分に手伝えることは殆どない。
更に、松本はコンサートの演出を譲れない。
…なら
自分が出来る方法で、支えるしかない。
この脆くて、不安定で、カンペキ主義者な恋人を。
「………好きだよ。大好き。潤のこと、あ、あー…ぁ……ぁぃ……。
うぅ~っ!!はじぃ!!!」
両手で自分を抱きしめる大野に、松本は破顔する。
「いいよ、それで充分……サンキュ……。」
松本のぽってりした唇が、大野の唇 に重なった。
「んっ……」
優しく迎え 入れられることに、
当然のように変わらず隣にいてくれることに、
松本はまだ慣れていない。
背に回る手に、松本はこっそり安堵した。