なぜ突然、四国一の宮を巡ったのかというと、伊弉諾神社に行ったあとに、何年も前に買っていたけどさほど読んでいなかった古事記関連の本を引っ張り出し、イザナギとイザナミのことを改めて調べていたら、四国は謎が多いということが書かれていた。そしてその巻末に全国の一の宮の一覧が。
これはさっそく四国だけでも行っておこうと思ったわけですが、やっぱり伊弉諾神社に行ったことが転機となっている。それまで伊弉諾神社のことは知らなかったから、ただの親切心でお連れしたつもりだったけど逆だった。人を介して連れていかれたということかと。そこから面白い神秘体験をすることになったわけだから。
そんなわけで、ちゃんと読んでいなかったその本をもう一度読み直してみたら、古事記にはなぜか四国のことがほとんど出てこないということが書かれていた。
その本によると、
一億二千年前に世界の海がまだドロドロの状態だったとき、造化三神から人の住める国を造るよう遣わされたイザナギとイザナミが八つの島を生んだ。
その島を「大八島国(おおやしまくに)」といい、それが日本の呼び方になった。
この国生みの順番には秘密がある。
古事記では、
二番目が伊予二名島(のちの四国)
八番目に大倭豊秋津島(本州)が生まれる。
しかし日本書紀では、二番目に大日本豊秋津州(本州)が生まれている。
古事記は国内向け、日本書紀は対外向けに書かれたものなのだけど、ここに秘密の鍵がある。
つまり四国のどこかに重要な古代の聖地があり、それを知られていはいけなかったのではと。
古事記と日本書紀は、その内容や表記がそれぞれ違っていて、上記の国名をみれば分かるように、使っている漢字がそれぞれ違う。
神様の名前も、イザナギノミコトは、古事記では伊耶那岐命、日本書紀では伊弉諾尊となっていたり。
ではなぜ本州より先に四国からなのか。
「四国=死国」
死からの再生が古神道の奥義だったということを隠したかったからなのではないかという説もあったり。
ということが書かれていた。
毎日聴いている「カタカムナウタヒ」という、この世の理(宇宙の成り立ち、生命の循環、自然の摂理、言霊)を詩(ウタヒ)と図象文字であらわした古代物理学があるのだけど、その詩は80首で構成されていて、古事記の国生み神話に出てくる神や地名が登場する。
そこに記されている国生みの順番も、オノゴロ島から始まり、淡路、四国、九州、本州になっている。
ウタヒの第33首は以下ような順番になっている。
エヒメ(愛媛)、サヌキヂ(讃岐)、アワ(阿波)、トサヂ(土佐)、ツクシ(筑紫島:九州北部)、ヒノクニ(肥国:熊本)、クマソ(熊曽国:鹿児島・宮崎)、チバ(千葉)、イキツ(壱岐島)。
その部分のウタヒをAIに聞いてみた。
第33首全体は「カムナガラ エヒメサヌキヂ アワトサヂ アメノオシコロ オキミツゴ ツクシトヨワケ ヒノクニクマソ イヤシロチバ イキツサキヨリ イヤシロコトサトリ」といった形で、四国(エヒメ・サヌキ・アワ・トサ)から隠岐(オキミツゴ=隠伎之三子島)、九州(ツクシ・トヨワケ・ヒノクニ・クマソ)、さらに壱岐や千葉方面へと広がり、「イヤシロチ」(良き地・調和の地)が形成されて言霊の悟りに至る、という内容として解読されています。これらは古事記の島産み順(淡路島の次に四国、次いで隠岐・九州・壱岐など)と対応しており、カタカムナ文献が古事記の神名・地名をほぼ順に取り入れている
これが「33」首目にあることがなんか意味深に感じる。
さらに調べると以下のようなことが分かった。
四国は中央構造線上にあり、地殻変動が激しい場所で地震帯の地脈の上を、阿蘇神社(熊本)、宇佐神社(大分)、住吉神社(大阪)、伊勢神宮(三重)、熱田神社(愛知)、香取神社(千葉)、鹿島神社(茨城)、に抜けるレイライン(地龍)がありますが、ここを火山ではない剣山を通るのはなぜか。
剣山のような名前からして重要な場所が四国には存在し、古代の朝廷で儀式を司った忌部氏と徳島が深く関わっていることなど、重要な役割を担っていた可能性があるのではないか
そして、古代人がそのような特別な場所を、どのようにして探し神社を配置したのかということも含め、四国には謎が多く、隠された聖地の可能性もあるのかもしれません。
そもそも、古事記と日本書紀に四国の記述がほとんど見られないことが日本の古代史の大きな謎の一つとなっている。
ということなのですが、日本人でどれだけの人が、
「学校教育で日本の成り立ちである古事記を教えていないのはなぜか」
ということに疑問を抱いているんだろう。
理由はひとつしかありませんが、これがわからないという人は、、、、、、





