【死ぬ瞬間 キューブラ-・ロス】第4段階:抑うつ、喪失、対面 | 本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

「こんな苦しみに耐え、なぜ生きるのか…」必死で生きる人の悲しい眼と向き合うためには、何をどう学べばいいんだろう。言葉にできない悩みに寄りそうためにも、哲学、文学、死生学、仏教、心理学などを学び、自分自身の死生観を育んでいきます。


キューブラ-ロスがとなえた「死の受容プロセス」の5段階

1.否認  denial
2.怒り  anger
3.取引  bargaining
4.抑うつ depression
5.受容  acceptance


今回は「抑うつ」について。


精神疾患としての「うつ病」と早合点して、

安易に抗うつ薬での対症療法に終わるのでは、淋しすぎます。




■死ぬ瞬間 E・キューブラー・ロス

■第四段階/抑鬱 Depression



手術をしなくてはならない、
再入院を余儀なくされる、
いままでになかった症状がいろいろ出てくる、
体力が無くなってきて体もやせてくる――
そうしたことによって、もはや自分の病気を否定できなくなると
末期患者が楽観的な態度をとり続けることはできない

無気力さや冷静さ、苦悩や怒りは、すぐに大きな喪失感に取って代わられる。
この喪失感には色々ある。
乳がんを患った患者は女らしい体つきを失うことに抵抗を感じるだろうし、
子宮がん患者は自分がもはや女ではないと感ずるかもしれない。

前章で述べたオペラ歌手は、顔を手術しなければならないことと
抜歯しなければならないことにショックを受け、狼狽し、ひどい抑鬱状態になった。

だがこんなことはまだ序の口で、
患者はもっと多くのものを失うことに耐えなくてはならない

(中略)

忘れがちなのは、死期の近い患者には、
この世との永遠の別れのために心の準備をしなくてはならないという
深い苦悩があるということである。

もしこれら二つの種類の抑鬱状態を分類するなら、
一番目を反応的な抑鬱
二番目を準備的な抑鬱と呼ぶことができよう。

両者は性質が異なり、それぞれまったく違う扱いをしなければならない。

(中略)


この(準備的な)抑鬱は、過去に失ったことが原因となるのではなく、
これから失うことが気がかりなために起こる。

私たちは悲しんでいる人に対して、まず大抵は、
物事をそう厳しい目で見ない方がいいですよとか、
そう悲観的な見方をしない方がいいですよとか言って元気づけようとする
人生の明るい面を見てごらんと言う。

こういった励ましの言葉の裏を返せば、
私たちはあなたにそうしてほしいと思っている、
ずっとあなたの浮かない顔を見るに忍びないよ、と訴えているのだ。

(中略)


その抑鬱が、もうすぐ愛する者たちと別れなくてはならないことへの準備段階であって、
その事実を受容するためのものだったならば、
励ましたり元気づけたりしてもさほど意味がない

この場合、物事のよい面を見るようにと患者を励ましてはいけない
自分がもうすぐ死ぬことについて考えるなと言っているようなものだからである。
患者に向かって「悲しむな」などと絶対に言ってはならない
誰だって愛する者を失うのはこの上なく悲しい
患者はこれから自分の愛する物も愛する者もすべて失おうとしているのだ。



死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)/中央公論新社

¥1,132
Amazon.co.jp




失って初めて気付く、大切さ、いとしさ、尊さがあります。

後悔しても、失ってからでは遅いのかもしれないけれど、

その後悔を「これから」に生かすことはできるはず。


過去は変えられないけれども、「過去の意味」は変えられる。


多くのものを失う中で、それでも残る大切なもの。

暗闇にあって初めて気付く、かけがえのない光があるはず。


身近なことほど、近すぎて見えにくいかもしれないけれど、

でもそれは、ずっと傍で自分を照らしてくれた大切な光。



今が幸せであればある程、失う辛さも大きくなります。

いつまでもこの時間が続いてほしい、と願う瞬間を「幸せ」と呼びますが、

続いてほしい幸せが、もう続かないと知る悲しみは想像を絶します。



問われているのは、時間が残されているとか、まだ何かが有るとか無いとかではなく、

今、何がどんなにあっても、残されていても、

全て失わなければならない現実にぶち当たっている、
待ち受けるは、真っ暗な未来…

それでも「私が生きる意味」はあるのか。


そんな問題が突きつけられます。







「死ぬ瞬間」は、こんなインタビュー記事もありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

医師 何とかする時間は、まだあなたに残されていますよ。

患者 生きているかぎりは希望があると・・・。

医師 その通りです。

患者 でもね、生きてさえいればいいというものではないでしょう。
   大切なのは、人生の質、生きる理由ですよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



避けられない大きな壁が立ちはだかり、

刻一刻と流れる時の中で、意味のある過ごし方とは何でしょうか。


試験前の限られた時間で、意味のある時間は、

試験の準備(勉強)をすること。

どんな問題が出るかを想定して、解けるように対策を練ります。




一切の光が失われるならば、

真っ暗闇の中、自分はいったいどうなるのか。

先の見えない不安に心は覆われ、

行く先を照らしてくれる光もないまま、どこへ行くのか。


「私」は、これからどうなるのか。

どんな報いを受けるべき人間なのか。

死を見つめることは、本当の自分と向き合うことです。



この世との名残惜しさもさることながら、

心は、未来への不安に覆われます。


一切の言い訳も、強がりも通用せず、

どんな経歴も財産も置いて、親しい人とも引き離され、

たった一人で「私」はどうなるのか。



抑うつとは、真面目に自己と向き合うためには、ある意味で当然の反応なのかもしれません。

日経サイエンスの特別号「こころのサイエンス」に以下のような記事がありました。

ーーーーーーーーーーーーーーーー

おそらく精神衛生は自己欺瞞に依存しており、
うつ状態に陥るのは
自分を騙す能力が損なわれたためなのだろう。

結局のところ、私たちは皆死ぬ運命にあるのだし、
私たちの愛する人も死を免れることは出来ず、
世界では大勢の人々が悲惨な生活を送っている。

この真実を正面から受け止めつつ、
お気楽でいられるわけがない!


ーーーーーーーーーーーーーーーー

抑うつ状態は、前頭葉の働きが強くなったためという説もあるそうです。

前頭葉とは、論理的思考、抽象的思考、意志、決断など、
「人間らしさ」を司る脳。


感情的な抑うつに流されるのではなく、

真実を見つめるため、自己と向き合うための時間として大切に過ごし、

「人間に生まれてきてよかった」と心から言えるように、

寄り添えたら、と思います。