今日もご訪問、ありがとうございます。
2年以上前の記事ですが、
ここ最近人と交わす言葉で気になったので
加筆修正しました。
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人それぞれの「普通」がある
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「普通」
会話の中に時々登場しませんか?
「普通がいい」
(基準は?)
「私、普通だから」
(どうして?)
「普通そうじゃないでしょう」
(またまた基準があいまい)
「無理しなくても、普通でいいから」
(これまた基準があいまい)
「普通」という言葉の呪縛
これにとらわれてしまう人もいますね。
考えれば考えるほど
基準がわからなくなる「普通」
あるドラマのセリフ
「普通なんて時代で変わるから」
これには共感しましたね。
「普通」の基準なんて人によって
時代によって変わるものです。
身内の例ですが
私の両親は共働きで、母は定年まで勤めていました。
だから祖父母が私のことをみてくれたのですが、
外では「普通は子供ができたら辞めるでしょう」と言われることも
あったようだと、母の知人から教えてもらいました。
母は笑ってごまかしたそうですが。
母の時代(昭和一桁生まれ)は、
そういう時代だったんですよね。
妬みか、そうでなくともつい口にする「普通は違う」という言葉。
母は振り回されないように踏ん張ってきたのでしょう。
人の価値観や基準なんて時代によって変わるものです。
(もっとも今でも同じようなことを言う人はいますけれどね。)
とはいえ「普通」
なんとなく、つなぎで使ってしまうこともある。
口ぐせになっているとしたら、
「待てよ、私の普通ってどこまで?」と
考えてみるのも良いでしょう。
自分の価値感の基準が
わかるかもしれませんよ。
「普通」という言葉
使うのが正解不正解ということではないのです。
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人を歪める「普通」発言だけはやめたいもの。
気をつけなければいけないのはそこですね。
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テーマに戻れば
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人それぞれの「普通」がある
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それでも気になったときは
母ではありませんが
軽く受け流すのも
傷つかないコツかなと。
大人の女性の処世術ですね。
「普通」という言葉について
考えてみました。
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