むずかしい算数 ――『阿房列車』から―― | ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

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考える力・伝える力を育てる国語教室 ことのは学舎 の教室から、授業の様子、日々考えたこと、感じたことなどをつづっていきます。読んで下さる保護者の方に、お子様の国語力向上の助けとなる情報をご提供できたらと思っております。

 内田百閒『阿房列車』所収、「特別阿房列車」の中に、こんなやりとりがある。

 

 山系が隣からこんな事を云ひ出した。

「三人で宿屋へ泊まりましてね。

「いつの話」

「解り易い様に簡単な数字で云ひますけれどね、払ひが三十円だつたのです。それでみんなが十円づつ出して、つけに添へて帳場へ持つて行かせたら」

 蕁麻疹を掻きながら聞いてゐた。

「帳場でサアヸスだと云ふので五円まけてくれたのです。それを女中が三人の所へ持つて来る途中で、その中の二円胡麻化しましてね。三円だけ返して来ました」

「それで」

「だからその三円を三人で分けたから、一人一円づつ払ひ戻しがあつたのです。十円出した所へ一円戻つて来たから、一人分の負担は九円です」

「それがどうした」

「九円づつ三人出したから三九、二十七円に女中が二円棒先を切つたので〆て二十九円、一円足りないぢやありませんか」

 蕁麻疹を押さへた儘、考へて見たがよく解らない。

 

 算数の問題である。

 三人が10円づつ出して30円。

 まけてもらってひとり9円になり、三人合わせて27円。

 女中が横領した分が2円で、合わせて29円である。

 たしかに、1円計算が合わない。1円はどこへ行ったのか、という話である。

 

 合わなくて当然である。

 払ったお金と、受け取ったお金を一緒くたにしている。

 一人9円、三人で27円。これは払ったお金である。

 受け取ったお金は、宿屋が30円から5円サービスして25円。女中が横領したお金が2円。合わせて27円。

 払ったお金と、受け取ったお金は、ぴったり合っている。

 

 冷静に考えればなんでもないことなのだが、旅の途中の列車の中では、そんな正しい計算はできない。

 判断力を失っているのである。

 列車の中で、お金の計算をしてはいけない。

 

 百閒先生のぼけ具合は相当のものだが、ヒマラヤ山系も負けず劣らずぼけている。

 『阿房列車』は、面白い。その上、算数の勉強にもなる。