藤井聡太名人の技 | ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

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 昨日(10日)今日(11日)、藤井聡太名人豊島将之9段が挑む、将棋の名人戦第1局が行われた。

 わたしは、仕事の合間にYouTubeで実況中継を観戦した。

 小学生の授業を終えた午後6時ごろに見た時には、形勢は五分であった。

 互いに大駒を取り合っての力戦で、先の読めない状況であった。

 その後、中学生の授業を終えた9時ごろに見ると、すでに形勢は大きく藤井聡太名人に振れ、勝利確率は約90%を示していた。

 わたしが見ていない間何が起こったのか、遡って確認してみた。

 途中大逆転がある、波瀾の展開であった。

 

 問題の局面は後手の豊島9段の122手目である。

 豊島9段が龍で王手を掛け、藤井名人の王が上部に脱出した局面、豊島9段が4八の金を取っていれば、勝利は確実であった。

 AIの形成判断は、90%豊島9段の勝ちであった。

 ところが、である。

 122手目に豊島9段が指した手は、4四香であった。

 解説者が口をそろえて絶対に指してはいけないと言っていた大悪手であった。

 藤井名人は王を逃がしつつ5七の桂を取り、取られそうであった4八の金に紐をつけた。

 豊島9段が掴みかけていた勝ちが、その手からこぼれ落ちた瞬間であった。

 元名人であり、藤井名人の最大のライバルである豊島9段にはありえないようなミスであった。

 この一手に、わたしは藤井聡太名人の強さを見た。

 もし相手が藤井聡太名人でなければ、豊島9段はこのようなミスをしなかったであろう。

 藤井聡太名人と盤を挟んで対峙するとき、相手は平常心を失い、ありえないような間違いをしてしまうのである。

 以前永瀬拓矢9段もタイトル戦で同じように悪手を指して、勝ちをのがして話題になった。

 ミスをした対戦相手の力不足ではなく、ミスをさせる藤井聡太名人の盤外の力のせいである。

 

 勝ちを逃したとはいえ、この時点で形勢は互角であった。

 仕切り直しになったのであるが、もう豊島9段には再び形勢を有利に持っていく力は残っていなかった。

 形勢は互角でも、精神面の痛手が大き過ぎた。

 その後、形勢は一方的に藤井名人の勝勢となった。

 

 この一局には、もうひとつ見せ場があった。

 藤井聡太名人が141手目に指した、4一銀である。

 140手目の豊島9段の9八飛車に対して、AIが示した候補手は、7八か6八に金か銀を打つ、受けの手であった。

 8八の馬が動いて生じる開き王手を未然に防ぎ、藤井名人の勝利は盤石である。

 しかし、藤井名人が指した手は、AIが指摘していなかった4一銀の王手であった。

 5一銀が指された瞬間、AIの評価値は藤井名人の勝利率100%を示した。

 AIが、藤井名人の指し手によって最善手に気付いたのである。

 4一銀を見て、豊島9段は投了した。

 

 AIが名人より強くなったとき、将棋は終わってしまうのではないかと危ぶまれた。

 その危機感は、杞憂であったようである。

 常にAIが示す最善手を指し、ときにはAIが見落としていた最善手を指す藤井名人の将棋は、見るものをワクワクさせる。

 藤井聡太名人に挑む強者たちは、血と汗の結晶のような手を繰り出し、また、信じられないような失敗もする。

 そこには、とんでもなく人間らしいドラマがある。

 藤井聡太名人と挑戦者たちの対局を見ていると、人間が指す将棋の面白さを、つくづく感じる。

 

 今日の名人戦第1局も、終わってみれば藤井聡太名人の圧勝であったが、心に残る名局であった。

 藤井聡太名人には、これからもAIを越える指し手で勝ち続けて欲しい。

 そう思う一方で、藤井聡太名人からタイトルを奪う猛者も現れて欲しいとも思う。

 羽生善治9段藤井聡太名人から名人位を奪うところも見てみたい。

 

 人間の将棋は、まだまだ終わらない。