『今、もっとも必要なこれからの子ども・子育て支援』(土谷みち子編、風鳴舎)に、汐見稔幸・和恵夫妻の対談が載っている。
稔幸氏は東京大学名誉教授、日本保育学会会長で、保育研究の第一人者である。
NHKの育児番組にもレギュラー出演しており、わたしも娘が幼い頃によく観ていた。
落ち着いた穏やかな語り口と、論理的でわかりやすい説明が頼もしかった。
和恵氏は、家族・保育デザイン研究所所長、フレーベル西が丘みらい園元園長で、やはり育児のプロフェッショナルである。
この、まさに日本の育児界のトップ夫妻がどんなすばらしい子育てをしたのか、興味を持って読んだ。
興味深いエピソードが多い中で、特にわたしの心に残ったのは、稔幸氏と和恵氏さんの、それぞれの失敗談である。
稔幸氏は、長女が7か月のころ、和恵氏が外出していたため、ひとりで長女のお世話をしなければならないときがあった。
そのとき、長女は哺乳瓶が合わなかったのかミルクを飲まずに泣き続けた。
稔幸氏は、抱っこしたり、店を回って哺乳瓶の乳首を色々試してみたが、子どもは一向に泣き止まなかった。
そんなことが2時間続き、ついにキレた稔幸氏は、「いいかげんにしろ!」と、赤ちゃんをひっぱたいてしまった。
このときの体験が、絶対に母親を責めてはいけない、という稔幸氏の育児観の原点になっている。
和恵氏は長女が小学校1年生のとき、長女の行動のすべてに苛立ち、ケチをつけた。
和恵氏は幼少の頃に実の母と別れ、継母のもとで育ったために、つねに継母の機嫌を気にして「いい子」でいるように努めて育った。
だから、のほほのんとして気ままに行動する長女のふるまいが許せなかった。
あまりにひどくあたるので、見かねた稔幸氏が注意して話し合い、改善していった。
自分の子供の頃の理想をそのまま我が子に押し付けようとする、今でいうアダルトチルドレンなのだが、当時はそのような言葉も考えもなかった。
どちらも、一歩間違えば虐待となっていたできごとである。
幸いにどちらも理性でブレーキをかけて大事に至らなかったからよかった。
このふたつのエピソードは、特殊な事例ではないだろう。
おそらく、幼い子どもを育てる家庭では同じようなことが起こっているはずである。
ブレーキが効かず、いたましい事件になったニュースも、ときどき耳にする。
わたしの家でも、やはり同じようなことがあった。
わたしは、稔幸氏のようにひっぱたくところまではいかなかったが、子どもが思い通りにならず苛立ったことはある。
もともと沸点が低くのんびりとした気性だったため、手を上げたり声を荒げたりしなかっただけである。
今でも、心の傷として残っている。
わたしの妻は、大声で子どもを罵倒したり、体を激しくゆすったりしたことがある。
虐待寸前、いや、すでに虐待に一歩踏み込んでいる。
子どもを育てる親は、必ず精神面でギリギリまで追いつめられるときがある。
そういうときに、子どもに当たらずうまく切り抜けるにはどうしたらよいのだろう。
すべての親は、子育てに関してど素人の初心者である。
今は核家族が多く、ほとんどの家庭では、すぐに助言をしてくれる人もいない。
子どもが泣き止まないとき、どうしたら泣き止むのか、また、そんなとき自分の苛立ちとどう向き合えばよいのか、ほとんどの親は何も知らない。
子どもが生まれる前に、保健所や病院の母親学級・父親学級でいろいろなことを教えてくれるのだが、そのほとんどはオムツの替え方、沐浴のさせ方、ミルクの飲ませ方、離乳食の与え方、などの技術の指導であった。
精神面で追い詰められないためにはどうしたらよいか、追い詰められたらどうしたらよいか、というメンタルの指導はなかったように思う。
多くの親は、わずかな期間だと覚悟を決めて、根性で乗り切っているのだろう。
親のメンタル面のサポートが充実していれば、あのころの苦しみはもう少し軽減できたのではないか。世の中の虐待は、減るのではないか。
たとえば、子どもが泣き止まない場合の事例など、その原因はそれぞれで無限にありそうだけれど、それぞれが経験した事例を知っておくだけで、親は冷静な対処ができるように思う。
汐見夫妻のこの体験談も、子育て真っ最中のお父さんお母さんが読んだら、子育てのプロでもこんな失敗をしたのだ、と、少し安心して心にゆとりが持てるであろう。
子育てについて、親のメンタルに対するサポートを充実させる必要をつくづく感じる。
子どもも親も、不幸にならないために必要なことである。
以前にこのブログに書いたことがあるが、うちの娘が3歳か4歳のころ、死を恐れて毎日泣いていたことがあった。
保育園でも1日中泣いており、保育士さんも困っていた。
この世には死というものが存在し、父と母に永遠に合えなくなるかもしれない、という恐怖とひとりで戦っていたのだが、幼児にはそんなことを伝えるだけの言語能力はない。ただ泣くだけである。
結局わたしが原因に気付き、一緒にお祈りをする、という方法で恐怖を克服した。
死を恐れて泣いている、ということを、わたしが説明しても妻はまったく理解できなかった。
育児書には、このような事例も対処法も載っていなかった。
ずっと後になってから、生命科学研究者の中村桂子氏の著書で中村氏自身が幼いときにうちの子と同じように死を恐れて泣いていた、ということを読んで、そういう事例があることを知った。 もっと早く知っていれば、わたしも妻も娘もあれほど苦しまずに済んだのに、と思ったものである。
子育て中の親は、知らないことだらけである。
暗闇の中を手探りで進んでいるようなものである。
経験者の知見をもっと教えてあげて、特に精神面のサポートができたらよいと思う。
このブログでも、できることをやっていきたいと考えている。