スポーツの世界でよく言われる言葉に、「心」「技」「体」というものがある。
最高の結果を出すためには、「心」「技」「体」の三つが揃っていることが必要である、というのである。
わたしはこの三つに、もうひとつ付け加えたい。
「知」である。知恵、知識、の、「知」である。
サッカーのワールド・カップ、今大会は三笘薫選手が大活躍している。
スペイン戦の2得点目の折り返しがすばらしかった、ということを、昨日のこのブログにも書いた。
三笘選手は、「心」「技」「体」の三つを備えている。
あの、ゴールラインギリギリで折り返したプレー、最後まで決してあきらめなかったのは、三笘選手の「心」の強さである。
あらためてその場面の映像を見てみると、ボールを追いかけているときの三笘選手のスピードは異常である。フィールド上の誰よりも速く走っている。「心」だけではボールに追いつけない。三笘選手の身体能力、すなわち、「体」によって可能になったプレーである。
トップ・スピードでボールに追いついた三笘選手は、田中碧選手に正確なパスを送っている。三笘選手の高度な「技」である。
三笘選手の活躍は、「心」「技」「体」のどれもが高いレベルにあっての結果である。どれかひとつでも欠けていたら、これだけの活躍はできない。
今日(4日)の朝日新聞に、「ギリギリの左足「チームみとま」結晶」という見出しの記事があった。
このような内容である。
三笘選手は大学生の時から、体重、食事、疲労、練習の質などをデータにして可視化し、客観的に自己管理してきた。プロ入り後はトレーナーと管理栄養士らと「チームみとま」を結成して、データに基づいた最適な食事や練習を行なえる体制を築いた。トレーナーの阿久津洋介さんは三笘選手について、「データに対する理解度が高く、得られた情報を自分に落とし込める」と語っている。
三笘選手の活躍の裏には、このような「知」があるのである。
三笘選手といえば高速で相手を抜き去るドリブルが有名である。
以前テレビで自分のドリブルについて解説しているのを見たことがある。
その内容は、ボールを足の小指の正面に置く、ギリギリ相手の足が届かず自分の足が届く距離でボールを扱う、そのためにミリ単位でボールをコントロールする、などであったと記憶している。その論理的な考えに感心した。
しばしば「天才」と称されるドリブルであるが、その裏にも深い「知」があるのである。
三笘選手の活躍は、「心」「技」「体」、そして「知」の四つによって生まれたものである。
「知」を備えているのは、三笘選手だけではない。
森保監督の、試合中にメモを取っている姿をしばしばカメラが捉えている。
ドイツ戦やスペイン戦の前半、日本が相手にボールをキープされ、一方的に攻められているとき、森保監督にはその原因と修正方法が見えていたのである。それが、後半の逆転につながったのである。
今日の「報道ステーション」で、サンフレッチェ広島のデータ分析を任されている大学教授が森保監督のすぐれているところを語っていた。
洞察力が高い、と。
森保監督の采配の成功は、その「知」によるものであることは言うまでもない。
スペイン戦の1点目の、堂安選手のゴールの前のプレー。
伊東純也選手が相手ディフェンダーとヘディングで競り合ってボールを奪った場面で、本田圭佑さんが、伊東純也選手は自分のマークをほったらかして前に出てきている、と解説していた。
あの場面、伊東選手は自分の本来の仕事であるディフェンスよりも、リスクを冒しても前線に出てボールを奪うことが大事だと判断したのである。この判断は、正しかった。
このプレーにも、ヘディングのうまさという「技」や競り合いに負けない「体」、リスクを恐れない「心」だけでなく、とっさの判断で最適な行動を選ぶ「知」が働いていたのである。
本田圭佑さんの解説がなければ、わたしは「知」の面に気づかなかったであろう。本田圭佑さんの解説は、まさに「知」である。
今回の日本の活躍は、「知」に支えられている。
「根性」や「努力」のような精神論が幅を利かせていた従来のサッカーより、はるかに進化している。
ワールド・カップ、カタール大会の日本の活躍を見ていてつくづく感じる。
「心」「技」「体」、そして、「知」。この四つが備わって、最高の結果が手に入るのだ。
今の日本代表にはこの四つが備わっている。
最高の結果は近い。