原宏一さんのデビュー作である奇抜な発想のユーモア短編集を読み、その中の「くじびき翁」という一篇に特に魅かれた。
とある老人が日本政治を変革させるべく、国の政策を決めるのに「くじ引き制度導入」を訴えるという話である。
一見無茶苦茶な論理をいかにも正しいように思わせる展開が、この小説の面白さでもある。
そもそもA案とB案にはそれぞれ賛成反対があるもので、どちらを選べば正解かなどなかなかわかるものではない。それに多数だからよい、という単純なことでもない。
しかも多数決で決めると、多数派工作で悪事を働くものが増える。
ならば「くじびき」で決めるほうがいい。
(この説を、くじを意味する英語のロットとデモクラシーをくっつけた、「ロトクラシ―」と名付けている。)
ざっとまとめるとこういう考えなのだが、確かに最後の結論はとんでもないことに思えるが、それ以前の考え方は今の政治のいざこざには当てはまるように感じる。
ならばいっそのこと「くじびき」もありでは、とも思えてしまうから不思議だ。
ユーモア小説なのでそのあとドタバタな展開が続くわけだが、面白さだけでない、民主主義のあやうさに対するなんともいえない皮肉みたいなものも感じた。
そんな余韻を残して1週間もたたずして、業界紙のコラムにこんなタイトルの記事を見つけた。
「くじびき民主主義とは何か」
読めばなんと、最近本当にこの理論が提唱されているという。
しかも小説で使われていた「ロトクラシー」という言葉もあるではないか。
昨年11月に「くじ引き民主主義―政治にイノヴェーションを起こす 」という本が出版され話題になっているのだそうだ。
先の読んだ小説は1997年刊なので25年前である。
その頃、ユーモアとか奇想として捉えられていたアイデアが現実的に受け止められている、というのが非常に面白い。
まさに時代や価値観は変わっているのである。
ちなみに原宏一さんの短編集はこんなタイトルの本。さすがにこんな会はまだないようだ。