初めてフィリピーナのHさんと会ったとき、彼女は日本に来てまだほんの1ヶ月だった。
そんな彼女が「日本人、ありえない!」と熱く語ってくれたのが、雨の日のジェントルマンの話。
東京都心を歩いていた彼女は、突然雨に降られてしまったという。
傘はない。
仕方なく濡れながら歩いていると、一人の男性がやってきた。
「これ使ってください」
手渡される傘。
「えっ?!でもあなたは?」
「大丈夫、大丈夫!」
でもだって、濡れちゃうじゃない!
明らかに彼は1本しか傘を持っていない。
戸惑う彼女をよそに、彼は立ち去っていったという。
「信じられない!これは普通のことなの?!
これが日本なの?!」
興奮して話す彼女に、私も
それはすごいな~…
そういう人、いるかもしれないけど
それは日本において「当たり前のこと」ではない。
そんな人、私も会ってみたい…
なんて思っていた。
数日後。
今度は私が、いきなりの土砂降りに見舞われた。
駅から家まで約10分。
誰か傘に入れていってくれないかな~?
…って、そんな都合のいいことないか。
そもそも駅から家まで、同じ方向に歩く人なんてそうそういないわ…
そんなことを思いつつ、雨の中に一歩を踏み出した。
家まであと3分。
そんな時、前からテニスウェアを来たおじさまが、傘を掲げるようにこちらに向かって歩いてくる。
?!
手渡される傘。
嘘っ!?
「いやいやいや…うち、すぐそこなので大丈夫です!」
「うちもそこだから大丈夫だよ」
本当にいるんだ…こんなジェントルマン…
感動と戸惑いと、Hさんの体験談が頭の中を駆け巡る。
私はすでにびしょ濡れ。
おじさまの家がどこかはわからないけれど、今の時点で彼は濡れていない。
この距離なら本当に大丈夫。
恐縮し、申し訳なさいっぱいで傘をお返ししようとすると、その紳士が仰った。
「じゃあデートしようか!」
あくまでフランクに。
そうして傘を受け取ってくれた彼は、私に傘を傾けながら来た道を戻るように歩きはじめた。
「本当にありがとうございました」
袋小路になっている角を曲がる前に私が告げる。
「ここで大丈夫?」
「はい」
「じゃあここでね。これ以上ついて行っちゃうとストーカーになっちゃうから(笑)」
私に何のしこりも残さないように。
軽い口調の彼は、最後までジェントルマンだった。
“これが日本人なの?!信じられない!!”
Hさんの声が、私の脳裏に木霊する。
そりゃ、そう思うよね。
私が39年生きてきて初めて体験したこれを、Hさんは来日わずか1ヶ月で経験したわけだから。
私だってびっくりしたよ。