訳しちゃダメ① | ことばの魔法 ことばのチカラ~ことば探検家ひろが見つけたコトバと人間

ことばの魔法 ことばのチカラ~ことば探検家ひろが見つけたコトバと人間

ことばに宿る、不思議なチカラ。
人間の言語習得やコミュニケーション能力の奥深さはまだ解明されていないけれど、とんでもなくおもしろい。
気づいたら私のコトバ探検は本格化されていた。

メキシコホームステイ先のS君は日本語に興味津々。
それは素直に嬉しい。

ただ…
彼は驚くほど極端だった。

スペイン語を話す彼は、私がホームステイしている1週間弱の間、ほとんど英語で話しかけてきた。
私はスペイン語を話しているのだけれど、それはもう、感嘆してしまうほど徹底的に。
頑なほどに貫く彼。

あれは親切心だったのか…
今でもわからないけれど、残念ながら私は全然楽しくなかった。

だって私はスペイン語ネイティブの家庭の中で、生のスペイン語に触れて自分の言葉を育てたくてメキシコまでホームステイに行ったのだもの。


そして彼は、欠かさず手に持っているものがあった。
以前出会った日本人にもらったという、日本人用の“指さしスペイン語”。

この本をひとときも手放すことはなく、常に携帯している彼。
ことあるごとに、その本を開いてはこれは何と言うのかと質問してきた。

そう。
あいている時間はすべて日本語単語の質問。
ごく普通の会話は一切ない。

まるで私は、辞書にでもなったような気分だった。
個人版西日辞典。


さらにこんなこともあった。
車の中で始まった、突然の会話。
街中を走っているときのことだった。


 「Light houseって日本語で何て言うの?」

 「Light house?何それ?」

 「これ」

そう言って絵を書き出す彼。

 「ああ…『灯台』だよ」


 何故、突然、灯台?


いきなりの質問に戸惑う私。
でも彼はおかまいなしに続けていく。


 「じゃあこれは?」

 「…それは『波』」

 「『ナミ』…じゃあこれは?」

 「え…?だから『波』」

 「違う、違う。これ!」

 「え…、あー…それは『しぶき』」


 だからどうしていきなりその話題っ?!


もはや私の戸惑いはピークだった。

私たちが走っていたのは街中だ。
その日の目的地も、海ではない。
いきなり彼の頭の中はどこへ旅立ってしまったのか…。

本当に、私は辞書になった気分だった。

 うーん…
 私はここに、一体何をしに来たのだろうか?


会話が成立しない。
私たちの間にある言葉のほとんどは、『訳』というものでしかなかった。

うーん…これは…

このとき私は、『言語』に関する『訳』の便利さと恐ろしさを身をもって知ることになった。



②へつづく