メキシコホームステイ先のS君は日本語に興味津々。
それは素直に嬉しい。
ただ…
彼は驚くほど極端だった。
スペイン語を話す彼は、私がホームステイしている1週間弱の間、ほとんど英語で話しかけてきた。
私はスペイン語を話しているのだけれど、それはもう、感嘆してしまうほど徹底的に。
頑なほどに貫く彼。
あれは親切心だったのか…
今でもわからないけれど、残念ながら私は全然楽しくなかった。
だって私はスペイン語ネイティブの家庭の中で、生のスペイン語に触れて自分の言葉を育てたくてメキシコまでホームステイに行ったのだもの。
そして彼は、欠かさず手に持っているものがあった。
以前出会った日本人にもらったという、日本人用の“指さしスペイン語”。
この本をひとときも手放すことはなく、常に携帯している彼。
ことあるごとに、その本を開いてはこれは何と言うのかと質問してきた。
そう。
あいている時間はすべて日本語単語の質問。
ごく普通の会話は一切ない。
まるで私は、辞書にでもなったような気分だった。
個人版西日辞典。
さらにこんなこともあった。
車の中で始まった、突然の会話。
街中を走っているときのことだった。
「Light houseって日本語で何て言うの?」
「Light house?何それ?」
「これ」
そう言って絵を書き出す彼。
「ああ…『灯台』だよ」
何故、突然、灯台?
いきなりの質問に戸惑う私。
でも彼はおかまいなしに続けていく。
「じゃあこれは?」
「…それは『波』」
「『ナミ』…じゃあこれは?」
「え…?だから『波』」
「違う、違う。これ!」
「え…、あー…それは『しぶき』」
だからどうしていきなりその話題っ?!
もはや私の戸惑いはピークだった。
私たちが走っていたのは街中だ。
その日の目的地も、海ではない。
いきなり彼の頭の中はどこへ旅立ってしまったのか…。
本当に、私は辞書になった気分だった。
うーん…
私はここに、一体何をしに来たのだろうか?
会話が成立しない。
私たちの間にある言葉のほとんどは、『訳』というものでしかなかった。
うーん…これは…
このとき私は、『言語』に関する『訳』の便利さと恐ろしさを身をもって知ることになった。
②へつづく