メグビーメールマガジンVol.107
三石巌全業績 17、 老化への挑戦
「死神は活性酸素」
ラジカルという名の、不安定なために活性の高い物質が、生体の合目的性を阻害し、寿命を縮める元凶だとすると、これについての情報をもとめたくなるのが人情だろう。そのラジカルのうち、いちばん問題になるのが例の酸素ラジカルであり、別名を活性酸素という酸素分子種である。活性酸素のうちの、ラジカルでないものは作用のさほど激しくないものもあるけれど、どれもがDNAを損傷するのに十分なエネルギーをもっている。
われわれは、酸素に酸化力のあることを知っている。その酸化力の強いものが活性酸素ということになる。すでにご承知のとおり、これは、相手から電子を引き抜くことであって、酸素の結合もこれにふくまれる。ヒドロキシルラジカルなら当然のことだが、一重項酸素でも不飽和脂肪酸を攻撃するとき、相手を二つに割って、その一方から電子一個を引き抜く。それで、相手は酸化されるわけだ。そのとき、酸素ラジカルは電子を受け取るからラジカルではなくなるが、相手に結合している。結合したまま、脂肪酸ラジカルの電子を自分の方へ引き寄せてしまったのだ。このように、酸素が相手についたまま電子を引き抜いたとき、これをとくに過酸化ということはすでに述べた。そこで、不飽和脂肪酸の過酸化物を過酸化脂質とよぶことになったのである。
天ぷらの揚げ油は、何回も使うと、黒ずんでねばねばしてくる。これは過酸化脂質の重合物のためである。この重合物は強い酸化作用を持つ毒物であったのだ。揚げ油の何十回も使ったのが良くないと言われるのは、過酸化脂質のせいである。
冷凍マグロ・かりんとう・ポテトチップス・インスタントラーメン・しらす・煮干し・スナック菓子などの古いものは、過酸化脂質を含むといわれている。ラジカル老化説でいけば、こういうものを口にすることは、老化を歓迎することになる。
この種の食品は、魚油や植物油などの不飽和脂肪酸をふくんでいる。大気中の酸素は活性酸素ではないけれど、これの微量が検出されるのだ。紫外線にあたると、ただの酸素が活性化して、スーパーオキサイドラジカルに変身するという事実もある。いくら微量の活性酸素でも、長時間には大きな影響をあらわすのだ。
われわれの体内でも、間断なく活性酸素の発生があり余剰がある。これが完全除去されれば何ということないが、その一分子でもが防衛網から逃れれば、傷害事件がおこる。幸か不幸か、この一連の事態は全く潜行的におこるので、気付きようがない。ただそれが蓄積すれば、何らかの影響をあらわしてくる。それが老化につながるのだ。
心筋といえば、心臓の筋肉のことだが、ここには加齢とともにリポフスチンが蓄積する。グラフを見ると、その量は幼年期から増えはじめ、ほぼ一様の足どりで増加しつづけるが、その現象は心筋のほかにも、脳・肝臓・腸など、ほかの臓器にも存在することがわかっている。
リポフスチンが老化の指標になるとすると、「老化は酸化」ということばが現実味をおびてくる。鉄製品がさびてダメになるのと同様、人体もさびてダメになるのだ。ここまでくると、<抗酸化物質>が、老化への挑戦の唯一の武器であることが明瞭になってくる。酸化による老化は、人間のような好気的動物の宿命なのだ。
新聞の死亡記事には死因が書いてあるが、老衰死とあるのはまれである。統計上では、わが国の場合、老衰死は6.6パーセントだそうだ。ところが西ドイツの病理学の権威は、解剖していると必ず病気がみつかる事実から、老衰死などは存在しない、と主張している。これでは、病気にならなければ死なないという話になってくる。そこには、天寿を全うして死ぬことはほとんどないという現実がかくれているようだ。
細胞数の減少がある数値を超えれば、自然死が訪れるにちがいない。そのとき、それを<老衰死>ということができるだろう。多くの場合、人間はそれ以前に病気にとりつかれてしまうということだ。その病気の原因も活性酸素だと考えると、結局、人間は何らかの形で活性酸素に殺されるということになる。活性酸素は死神の本名であった。
「抗酸化物質のリスト」
生体の合目的性をはばみ、老化を促進する活性酸素という物質のあることを、われわれは知った。それに対抗する手段を生体が用意していることも知った。
そこで、意図的に活性酸素対策をとる必要があるのかないのかが問題になる。活性酸素の害は酸化にあるのだから、抗酸化物質をわれわれが手に入れることができれば、それが老化抑制物質ということになる。
厚生省が数年前、100歳以上の高齢者の食生活を調査したことがある。それでわかったことは、一人の例外もなく、その人たちは毎日1個か2個の卵を食っていたという事実である。卵は良質のタンパク食品であることと、キサントフィルという黄色い色素をふくんでいることによって、老化を抑制したのだ。
キサントフィルはカロチンの同族であって、<カロチノイド>とよばれる物質のなかまに属する。カロチンは、ニンジン・カボチャ・カキ及び濃緑野菜にふくまれるダイダイ色の色素である。カロチノイドには、ヒドロキシルラジカルや一重項酸素を水に流す作用がある。
東北大医学部のチームは、やはり数年前、日本の長寿村の食生活を調査した。そこでわかったことは、共通の食物がカボチャであるという事実だった。カボチャの色素は<ベータカロチン>である。このカロチノイドには、活性酸素除去作用があるばかりでなく、その一部の分子が小腸内で2つにわかれ、ビタミンAになるという大きな特徴がある。ビタミンAには抗酸化作用もあるし、ガンの進展を抑制する作用もあるのだから、長寿村は長寿村になるべくしてなったことが理解できる。
カロチノイドの利用は、長寿村をつくったばかりでなく、長寿動物もつくった。人間はすべての動物のなかで最も長寿とされているが、それは、カロチンとキサントフィルの両方を利用していることによる、と考えられている。キサントフィルの利用ができずカロチンのみを利用する動物、すなわちウマとかイヌとかは、人間より寿命が短く、どちらも利用できないネズミなどは、3年くらいの寿命しかない。
カロチノイドの利用において、動物による違いをもたらしたのは、小腸での吸収の問題である。人間の小腸だけが、すべてのカロチノイドを吸収しうるのである。カロチノイドは植物が自衛のために用意した活性酸素除去物質の一つなのだ。
水産動物のふくむキサントフィルは植物プランクトン由来のものである。これはまことに広く見られ、サケの肉やタイの体表の赤味、タラコのダイダイ色、カニの甲羅の色などをつくっている。ナンキョクオキアミにはとくにこれが多い。
活性酸素の除去にあたる抗酸化物質は、これ以外にも知られている。まず、ビタミンCやユビキノンには、SOD同様にスーパーオキサイドを除去する作用がある。ユビキノンはビタミンの一種で、コエンザイムQとも呼ばれる物質だ。
活性酸素除去物質のリストをあげるとしたら、以上のほか、ビタミンB2・ビタミンAなどがある。これらのものにはすべて、老化抑制作用があると見てよいだろう。古くからわれわれは、ビタミンを栄養素として考えてきた。それがここにきて、見方を拡張しなければならないことになった。抗酸化作用は、栄養上の問題ではないからである。
では、活性酸素の毒性の正体は何なのか。
その第一は、これまでに顔をだしてきたDNAの損傷である。ヒドロキシルラジカルや一重項酸素には、遺伝子にダメージを与えるのに十分な威力があるのだ。これはただちに、ガンにもつながってくる。ガンについては<発ガン2段階説>のあることは、『ガンは予防できる』や『対話・ガンについて考える』に紹介しておいたが、その2つの段階が、共に活性酸素によっておこると考えられるようになった今日である。活性酸素は老化の促進因子であるばかりでなく、ガンを初めとする成人病の原因でもあったのだ。
結局、活性酸素は、生体の合目的性を阻害する唯一のものであったかもしれないのである。となると、いわゆる抗酸化物質の重要性は、どんなに強調しても強調しすぎることのないことがわかる。
多くのビタミンのなかには、抗酸化物質としての効果をもつために、たんなる栄養素でないものが、いくつもあることを銘記すべきだ。
パッカーは、細胞の培養液にビタミンEを加えてみた。そのとき彼は、栄養補給のつもりであったかもしれない。しかしこの場合、ビタミンEの細胞延命効果は、けっして栄養上の問題ではなかったのである。
すでにおわかりのように、抗酸化物質の最前線にあるものはSODである。この物質は自然の自己運動が、すべての好気性生物に与えたところのものであって、これには、銅亜鉛SOD・マンガンSODのほか、人間のもっていない鉄SODもある。SODもしくはSOD様物質は、植物ではとくに発達している。それが、葉にあることはすでに述べたが、それ以外の、胚芽やある種の根にも、多少はふくまれている。葉にあるものは、大気中のスーパーオキサイドに対する対策だから、SODが主であるとはいえ、カロチノイドも存在する。小麦やアーモンドのビタミンEは胚芽にあったのである。
全身性エリテマトーデスという名の自己免疫病がある。これに対してはSODの注射がよい場合があるという。また、慢性関節リウマチという名の自己免疫病があるが、これに対してはSODの関節腔内注射がよい場合があるという。自己免疫病ということばで総括される難病には、活性酸素がかかわっているのだ。
尿酸値が高ければ活性酸素に強く、ストレスに強いはずだ。尿酸はバイタリティーの源泉になりうるのである。
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