今月のメグビーメールマガジン

第3章 ~タンパク質の科学~
   分子生物学からみたタンパク質の生合成

【タンパク質の四次の構造】
第一構造=アミノ酸の順序
 夕食の食膳に豆腐がでたとしよう。
 豆腐の主成分はタンパク質である。われわれが、それをタンパク質を摂取する目的で食ったにせよ、何も考えずに食ったにせよ、それは小腸で消化・吸収され、けっきょくは、体タンパクに変貌する。
 小腸でほとんど残らずアミノ酸にまで分解し、その壁を通過して血液にはいり、しかるべき組織にはこばれ、そこで組織に同化する、ということだ。
 アミノ酸を材料として、新しいタンパク質が合成されたわけである。 夕食に食った豆腐は、翌朝には、血となり骨となり、筋肉となり脳となり、肝臓となり腎臓となっているだろう。これらの器官は不断の異化のために、豆腐のようなタンパク質の供給を待っているのだ。
 このように考えてくると、タンパク質の生合成は、いかなるメカニズムによって実現するか、が問題になる。
 まず、アミノ酸がペプチド結合によってつながれた形の化合物ポリペプチド、いやタンパク質の具体例をとってみよう。
 血液を赤く染める色素を「ヘモグロビン」という。これは血色素と訳される“複合タンパク”であって、赤血球におさまっている。複合タンパクとはアミノ酸以外の原子もしくは原子団をふくむ化学物質であって、ヘモグロビンの場合には鉄化合物ヘムをもっている。
 この事実はただちに、タンパク質があっても鉄がなければ、ヘモグロビンの合成ができないことを示しているはずだ。
 ところでヘモグロビンは、ポリペプチドの鎖4本が結合した形の化合物で、その1本1本に1個のヘムがくっついている。その鎖がまた、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの4種である。この鎖を構成するアミノ酸の数は、アルファが141、あとの3つが146である。
 われわれ成人のヘモグロビンは2種あって、1つはアルファとベータが組み、1つはアルファとデルタが組んでいる。そして、胎児のヘモグロビンはこれとちがい、アルファとガンマが組んでいる。
 アルファヘモグロビンのポリペプチド鎖を見ると、アミノ酸の順序は次のようだ。
 バリン、ロイシン、セリン、プロリン、アラニン、アスパラギン酸、リジン、トレオニン、アスパラギン・・・
 こうして141のアミノ酸がつづくわけだが、そのうちの1つがちがっても、ヘモグロビンの酸素運搬能力に多少の狂いが生じる。
 このアミノ酸の順序は、タンパク質にとっても何よりも大切なものだ。そこでこれを「タンパク質の第一構造、または一次構造」という。
 第一構造とは、アミノ酸の順序から見た構造のことである。
 タンパク質の生合成の焦点は、アミノ酸を一定の順序にならべてつなぐ作業になければならないわけだ。

●“合成組立工場”リボゾーム
 このアミノ酸を順序にしたがってつなぐ作業をする工場はわかっている。それは細胞のなかにある小器官 ―「リボゾーム」である。
 このものは、細胞の中心にある核につながったミクロゾームまたは小胞体という名の小器官の表面に、“ごま”をまぶしたようなぐあいにちらばっている。リボゾームは、雪だるまのような形をした顆粒である。小胞体には、リボゾームをまぶしたものと、そうでないものと2種ある。前者を「粗面小胞体」後者を「滑面小胞体」という。粗面小胞体は、ごまがついて粗面になっているのだ。ポリペプチドの鎖は、粗面小胞体上のリボゾームによって合成される。
 ではタンパク質の第一構造とよばれるアミノ酸の順序は何がきめるのだろうか。リボゾームには、その順序を暗号で書きこんだテープのようなものが送られてくる。テープレコーダーには、録音テープの音を再生する役目の“ヘッド”があるが、リボゾームは、ヘッドのような役割をする、テープはヘッドにすいよせられて、用がすめば去る。
 生体の場合、録音テープに相当するものを「メッセンジャーRNA」という。RNAは「リボ核酸」の異名である。メッセンジャーRNAは、タンパク質の第一構造のメッセージをたずさえて、小胞体までやってくる。メッセンジャーRNAのことを「mRNA」と記す約束になっている。
 mRNAのテープは、リボゾームを1通過しただけでちぎられてしまうこともあるが、何回も繰り返して使われることもある。ヘモグロビンの場合は、何日も使われる。

●DNAの遺伝情報
 では、mRNAのもつメッセージの発信者はどこにいるのだろうか。 それは、核のなかの染色体にかくれている「DNA」という分子だ。DNAは「デオキシリボ核酸」の略称である。
 DNAは、タンパク質の服をきて染色体におさまっている、二重らせん形の長い長い分子である。ここにタンパク質の第一構造の暗号文があって、mRNAはそれを写しとり、粗面小胞体をとおってリボゾームにたどりついたのだ。
 われわれの血が赤いのは、ヘモグロビンがあるためである。われわれの両親の血も赤い。
 われわれは、ヘモグロビンそのものを親からもらったのではなく、その製法を親から教えてもらったのだ。親はその製法を暗号でDNAに刻みつけて、それを子に伝えたのである。
 生体に備わるすべての要素、すなわち、体形から生理機能にいたるまでのすべての要素は、多少の変化はあるにしても、親ゆずりである。遺伝である。そして、遺伝情報の担い手を「遺伝子」という。遺伝子はDNA分子上にあったのだ。このことを発見したのは、アメリカの生物学者ワトソンと、イギリスの物理学者クリックとである。ふたりの20歳代の科学者の協力によって、この20世紀最大の発見がなされたのであった。
 DNA分子はひじょうに長い。その長い分子のなかに、多くの遺伝情報がこめられている。1つのDNA分子のなかに、いくつもの遺伝情報の暗号文がつながっておさめられているわけだ。
 ヘモグロビンをつくらなければならなくなると、DNA分子のなかの、ヘモグロビンの製法を記した部分の暗号が転写される。mRNAは、転写暗号をたずさえ、核をでてリボゾームへゆく段取りとなる。
 リボゾームには、アミノ酸を1個ずつかついだ運び屋がいる。リボゾームに、たとえば、バリンの暗号部が吸着した状態になると、バリンをかついだ運び屋がそこへきて、バリンをおいてゆく。運び屋のことを「トランスファーRNA」といい、これを「tRNA」と記す。tRNAは、アミノ酸と結合したRNA分子である。
 バリンの次に、リボゾームに吸い寄いよせられる暗号が、ロイシンだったとしよう。すると、ロイシンをかついだtRNAがリボゾームのところにきて、すでにかつぎこまれたバリンに接して、ロイシンをおく。これで、バリンにロイシンがつながるのである。
 このようにして、バリン、ロイシンのつぎにセリンが、そしてプロリンが、という順序につながれば、アルファヘモグロビンができあがってゆくわけだ。
 以上の事実からして、タンパク質の第一構造を記憶した遺伝子、すなわち「構造遺伝子」の存在が想像される。
 ヘモグロビンについていえば、成人の場合、それを構成するペプチド鎖は、アルファ、ベータ、デルタの3種もなければならないが、それぞれに第一構造、すなわちアミノ酸の順序があちがうのであるから、構造遺伝子も、3種あるはずだ。この3つの暗号はたぶん1本のテープもいっしょにはいっているだろう。そのテープの名はmRNAだが、1つのmRNAに、20も30も暗号文が記録されることがある。
 ヘモグロビンの場合、3つのペプチド鎖が同時に必要なのだから、これを1連の暗号文としてつなぐほうが好都合だろう。しかし現実の要求からすると、アルファが50%、ベータが47.5%、デルタが2.5%でなければならないから、事情はあまり単純ではない。
 これと比べると、毛髪のようなものは単純だ。その構造を見ると、表皮、中質、髄の3つの部分があり、そこに色素メラニンがある。それらが同時につくらなければ、黒い毛は伸びないわけだ。すると、少なくともこれらに対応する4つの構造遺伝子が、つながって1つのmRNAにおさまっていなければならないだろう。
 毛髪を構成する4つの物質を見ると、表皮、中執、髄の3者はタンパク質であるが、メラニンはタンパク質ではない。したがって、リボゾームでつくられるものは、メラニンではなく、その合成酵素でなければならない。ビードル・テータムの法則では、1遺伝子1酵素とするが、厳密にいえば1遺伝子1タンパクのほうが正しいだろう。ここに示した例では、遺伝子は構造タンパクと酵素タンパクとの暗号を担っている。

【三石巌 高タンパク健康法(絶版)P80~P88より抜粋】

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