湊かなえの戦慄ミステリー『人間標本』(2023年,KADOKAWA)を読了。
◯内容紹介(本書の帯より)
蝶が恋しい。蝶のことだけを考えながら生きていきたい。蝶の目に映る世界を欲した私は、ある日天啓を受ける。あの美しい少年たちは蝶なのだ。その輝きは標本になっても色あせることはない。五体目の標本が完成した時には大きな達成感を得たが、再び飢餓感が膨れ上がる。今こそ最高傑作を完成させるべきだ。果たしてそれは誰の標本か。――幼い時からその成長を目に焼き付けてきた息子の姿もまた、蝶として私の目に映ったのだった。
著者のデビュー15周年記念書き下ろし作品とのこと。帯には「イヤミスの女王、さらなる覚醒」とある。湊かなえさんって「イヤミスの女王」だったっけ……という個人的な疑問はさておき,どす黒い狂気が全編にみなぎっていながらも「蝶」が題材であるせいか美しさも感じさせる不思議な作品だった。
少年を切り刻んで「標本」にしていく制作過程の描写は残酷でグロテスク。しかしそこには制作者の狂った美学が宿っており,芸術作品を仕上げているかのような美を感じさせるから不思議だ。その様子は,映画『羊たちの沈黙』のレクター博士が人間を殺害し,人肉を調理して客人に振る舞う様子に似ている。人として完全に壊れているのに,その一方で極めて理性的に行動するという矛盾。残忍な行為と,その主体である人間の中核にある極めて独特な美学。レクター博士も「人間標本」の制作者も要するにサイコパスなのだろうが,彼らと「普通の人」の違いはいったい何なのだろう。両者の間には埋めがたい大きな溝が存在しているとは思えない。その差は紙一重なのではないか。人はどこまでも冷静でありながら,とことん狂人になり得るのだ――そう思ってしまうから,『人間標本』は(もちろん『羊たちの沈黙』も)とことん怖い。
本書はミステリーらしく,最後の最後まで真犯人が分からない。いや,分からないというより,「これが真相だ」と思わされていた事実が二転三転どころか四転五転と言っていいくらい覆され続けると表現した方が正確か。ラストの意外性もさることながら,そこに至るまでの展開・構成が巧みだからこその「衝撃」も強烈だ。いずれにしても,そのあまりにも急激などんでん返しの連続は一度読んだだけでは理解が追いつかないレベル。正直なところ「先を急ぎすぎているな」という印象を抱いてしまったが,このあたりは読み手の感性によるのだろう。何度か読み返す必要がありそうだ。

