「アームストロング砲」★★★☆☆ | Jiro's memorandum

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泉治郎の備忘録 読書の感想や備忘録 ※ネタバレ注意
【経歴】 日本株アナリスト、投資銀行、ネットメディア経営企画、教育事業経営、人材アドバイザー、新聞社経営管理、トライアスリート

「アームストロング砲」(司馬遼太郎)
 
 
幕末が舞台の短編9編を収録。

新選組が登場したころの日本は、百姓、町人、医者、侠客まで、様々な身分出身のにわか武士が、個人的な信念や正義、恨み妬み、好き嫌い、些細な感情、などに基づいて、斬ったり斬られたりでカオス状態だ。メジャーな歴史小説や、ましてや教科書などでは味わえない、この時代のハチャメチャぶり(そして人情)を味わえて面白かった。


タイトルにもなっている「アームストロング砲」では、改めて佐賀藩の先進性に感服。優秀な技術者をノイローゼになるまで酷使した鍋島閑叟の執着ぶりはすごい。

本書の解説によれば、この話の中で、発狂した秀才・秀島藤之助によって殺された同僚の技術者・田中儀右衛門(正しくは儀左衛門)の弟は、東芝の前身となる田中製作所の創業者だとか。佐賀藩の技術力は、今日まで脈々と流れているといえる。

佐賀藩はイギリス製のアームストロング砲に目をつけ技術導入した。佐賀出身の孫正義氏が目をつけて投資したイギリスの半導体会社はアーム。孫正義さんは、アームという社名にピンときたのかも。


以下、備忘



「これからの世界は英語国民が主役になりましょう」(秀島藤之助)と口数少なくいった。閑叟はその一言で蘭学をやめ、藩の洋学を英学にきりかえた。


閑叟は秀才たちの頭脳を容赦なく酷使した。この大殿様の世界観には当節流行の尊王も攘夷もなく、日本を救うのは欧米の理化学のみである、ということであった。


「自分は大名でありながら家督をついで以来、商人のごとく一文の浪費も惜しんで財をたくわえ、その財をもって営々と洋式軍を育てあげてきた。自分の眼中、つねに幕府なく薩長なく、あるのは欧米諸国の水準に佐賀藩がどこまで追いつくかであった」(鍋島閑叟)



弁蔵の見るところ、黒門口方面の戦況は官軍に不利なようであった。
(なぜ、射たせぬのか)
弁蔵にはわからない。
が、官軍総参謀の大村益次郎には、むろん精緻な計画がある。彰義隊を市中に散らばらせぬよう一瞬のもとに粉砕する時機をねらっていた。その時機がきた。正午前である。
参謀府から伝騎がきた。
「射たれよ」
(中略)
轟発し、尖頭弾が不忍池を超えて飛び、上野山中の吉祥閣に命中し、一瞬で吹っとぶのがありありと見えた。
同時に加賀屋敷の砲も咆哮して三発で中堂を粉砕し、火炎をあげさせた。二門それぞれ六弾を送りおわったときに、彰義隊は壊滅し、戦いはうそのような他愛なさで終結した。
弁蔵の役目はおわった。閑叟とその洋学藩吏の労苦も、ただこの十二発の砲弾で象徴され、完結した。