「失敗の科学」★★★★☆ | Jiro's memorandum

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泉治郎の備忘録 読書の感想や備忘録 ※ネタバレ注意
【経歴】 日本株アナリスト、投資銀行、ネットメディア経営企画、教育事業経営、人材アドバイザー、新聞社経営管理、トライアスリート

「失敗の科学」(マシュー・サイド)

 

原題は「BLACK BOX THINKING」

 

Black box とは航空機に搭載されたレコーダーのこと。飛行データやパイロットの会話が記録され、事故調査に欠かせないものになっている。

 

その存在は誰でも知っていると思うが、ポイントは①隠蔽したり改竄したりできない完全な記録であること②航空業界はその(失敗の)記録に正面から向き合って事故を減らしていること、の2点。

それもある程度知っているよ(あるいは容易に想像できるよ)、ということかもしれないが、人は失敗や不都合な事実を意識的に隠したり、もっとやっかいなことに無意識に記憶や記録から消去していたり解釈を変えたりしている。そして、失敗の事実を認識したとしても、なかなか謙虚に前向きに受け止められない。


本書のエッセンスは、たくさん試行錯誤して失敗を受け入れていくことが成長につながる、ということで、特に目新しいメッセージでもないのだが、航空業界と医療業界の比較はじめ、ケーススタディや実験結果やらが充実していてどれも説得力あり。良書だ。改めて、(あれこれ考えるよりも)たくさん行動して、たくさん失敗して、謙虚に向き合って、成長していきたいな、と思った。

 

 

なお、副題は

「MARGINAL GAINS AND THE SECRETS OF HIGH PERFORMANCE」(小さな改善と高パフォーマンスの秘密)

「WHY MOST PEOPLE NEVER LEARN FROM THEIR MISTAKES -BUT SOME DO」(なぜほとんどの人は自分の失敗から学ばないのか ーしかし一部の人はちゃんと学んでいる)

 

 

 

以下、備忘

 


人は失敗を隠す。他人から自分を守るばかりではなく、自分自身からも守るために。ちょうど映画のシーンを編集でカットするように、失敗を記憶から消し去る能力があるという実験結果も存在する。失敗から学ぶどころか、頭の中の「履歴書」からきれいに削除してしまっている。



◇医療業界と航空業界の比較


・医療業界
10人に1人が医療過誤で死亡または健康被害を受けている(2005年のイギリス)(フランスでは7人に1人)。
※悪意がある、やる気がない、といった医者がいるということではなく、真面目に取り組んでいる医者が問題を起している
事故が起こった経緯について日常的なデータ収集をしていない。
失敗から学ぶシステムが整っていないことに加え、ミスが発覚しても、学びが業界全体で共有されていない。

・航空業界
1910年には2人に1人が事故で死亡していたが、ブラックボックスのデータによる事故原因の分析と対策に取り組んだ結果、現在の事故率は0.00004%。

パイロットは正直にオープンな姿勢で自分のミスと向き合う。事故調査のため、強い権限を持つ独立の調査機関が存在する。失敗は特定のパイロットを非難するきっかけにはならない。すべてのパイロット、すべての航空会社、すべての監督機関にとって貴重な学習のチャンスとなる。ブラックボックスのデータは、ほぼ同時に世界中の業界関係者に共有され、浸透していく。
航空業界の成功には、技術革新など数々の要因があるが、最強の原動力は、彼らの組織文化の奥深くにある「失敗から学ぼうとする姿勢」にある。
 

 

 

◇認知的不協和

自分の信念に反する事実が出てきたとき、自尊心が脅かされ、信念が間違っていたと認めることができない。そこで、事実を受け入れず、自分に都合のいい解釈をつける。あるいは事実を完全に無視したり、忘れたりしてしまう。

認知的不協和で何より恐ろしいのは、自分が認知的不協和に陥っていることに滅多に気づけないこと。
ex1:手術中の事故は「よくあること」と処理される
ex2:大災害が起きるという教祖の予言が外れると「自分たちが信じたから、神様が世界を救ってくれた」と感激する

ある調査によれば、キャリアの途中で信条(=学派)を変える経済学者は10%に満たない。つまり、自分の主義に都合よく解釈している経済専門家が少なからずいるということ。

明晰な頭脳を持つ学者ほど、失敗によって失うものが大きい。だから、必死になって自己正当化に走ってしまう。失敗から学ぶことなく、事実をねじ曲げて。

致命的な失敗を犯した50社強の企業を調査した結果、組織の上層部に行けば行くほど、失敗を認めなくなることが明らかになった。幹部クラスほど、自身の完璧主義を詭弁で補おうとする傾向が強くなる。

「批判的なものの見方を忘れると、自分が見つけたいものしか見つからない。自分が欲しいものだけを探し、それを見つけて確証だととらえ、持論を脅かすものからは目を背ける。誤った仮説にも都合のいい証拠をなんなく集めることができる」(哲学者カール・ポパー)



◇失敗を超高速で繰り返せ

1970年代、ユニリーバは、高圧噴霧ノズルに「すぐに目が詰まる」という問題を抱えていた。

そこで、一流の数学者チームに助けを求めた。徹底的に問題を調べ、複雑な計算式を数々導き出した。長時間の研究の結果、ひとつの新たなデザインにたどり着いた。しかし、結果は失敗だった。

やぶれかぶれで自社の生物学者チームに助けを求めた。このチームは流体力学については何も知らない。彼らは、目詰まりするノズルの複製を10個用意し、ひとつずつわずかな変更を加え、どんな違いがでるかテストした。つまり、あえて「失敗」した。そのうち、ひとつが小さな結果を出し、今度はその「小さな成功」モデルを基準にわずかな変更を加えた10個を作りテストした。このプロセスを何度も繰り返し、45世代のモデルと449回の失敗を経て、これだ!というノズルにたどり着いた。

進歩や革新は、頭の中だけで美しく組み立てられた計画から生まれるものではない。生物の進化もそうだ。進化にそもそも計画などない。生物がまわりの世界に適応しながら、世代を重ねて変異していく。最終的に出来上がったノズルは、どんな数学者も予測し得ない形をしていた。

生物学の進化は自然淘汰によって、つまり「選択の繰り返し」によって起こる。最高のノズルにたどり着いたのも、選択と淘汰の繰り返しのおかげ。試行錯誤の力だ。

計画経済がうまくいかなかったのも数学者チームと同じ。頭で考えたアイディアがどれほど秀逸でも、試行錯誤が欠かせない。計画経済では、企業の淘汰はほぼなく、進化の機会がなかった。自由市場は、失敗が多いからこそうまくいく。



◇量!量!量!

陶芸クラスで実験を行った。2つのグループに分け、一方には作品を「量」で評価、もう一方には「質」で評価すると告げた。結果、最も「質」の高い作品は「量」を求めたグループの作品だった。

量のグループは、作品を次から次へと作って試行錯誤を重ね、粘土の扱いもうまくなっていった。質のグループは最初から完璧な作品を作ろうとするあまり、頭で考えることに時間をかけすぎてしまった(結局、あとに残ったのは、壮大な理論と粘土の塊)。

 

 

 

◇ブレストはいい、ユーザーに聞け

 

3Mは、商品開発チームの中だけでアイディアを出し合うブレストを繰り返した後、完成品を仕上げて、ユーザーの反応を見ていた。

1990年代にやり方を一変。アーリーアダプターたちに早い段階で試作品を試してもらい、実際に使っているところを観察して、ウケた点・ウケなかった点を見極める方法を取り入れた。

その後2つのアプローチを比較したところ、ユーザー参加型プロジェクトは、ブレスト型プロジェクトの8倍超の利益を生み出していた。

 

「フェイルファスト」手法、「スクラム」手法、リーン・スタートアップ、などいわゆる「失敗型」のアプローチは各所で見られるようになっている。

 

 

 

◇マージナルゲイン

 

小さな改善(マージナルゲイン)の積み重ねが、大きな前進になる。

ex:ツール・ド・フランス、国際開発援助、F1、ホットドッグ早食い(小林尊)

 

 

 

◇成功する人のマインドセット(思考傾向)

 

失敗から学べる人と学べない人の違いは、失敗の受け止め方の違い。

成長型マインドセットの人は、失敗を自分の力を伸ばす上で欠かせないものとしてごく自然に受け止める。困難なタスクにも、新しい手法を試したりしながら、最後までやり抜こうとする。

固定型マインドセットの人は、生まれつき才能や知性に恵まれた人が成功すると考えているために、失敗を「自分に才能がない証拠」と受け止める。自分は頭が悪いから、もともと苦手だから、とあきらめる。

 

成長型マインドセットの人は、無理なタスクにも無駄に頑張りすぎるのではないか?という疑問が持ち上がる。しかし、実際にはその逆で、成長型マインドセットの人ほど、あきらめる判断を合理的に下す。成長型マインドセットの人にとって『自分にはこの問題の解決に必要なスキルが足りない』という判断を阻むものは何もない。彼らは自分の欠陥を晒すことを恐れたり恥じたりすることなく、自由にあきらめることができる。やり抜くのも、引き際を見極めてほかのことに挑戦するのも、どちらも成長。

 


 

我々が最も早く進化を遂げる方法は、失敗に真正面から向き合い、そこから学ぶことなのだ。