2025/05/27 東京読売新聞=長野
戦前から戦中にかけて満州(現中国東北部)に渡った開拓移民の歴史を伝える「満蒙開拓平和記念館」(阿智村)の来館者が26日、25万人に達した。
同館は満蒙開拓の歴史を専門にした全国初の施設として2013年4月に開館。16年11月には当時の天皇、皇后両陛下(現上皇ご夫妻)も来館された。
節目の来館者となったのは、修学旅行で訪れた兵庫県芦屋市の市立山手中学校の3年生162人。記念セレモニーで寺沢秀文館長(71)から元開拓民の証言集などの記念品を手渡された。
同校では戦争の被害と加害の両面を学ぼうと、戦争末期のソ連軍の侵攻にかかる逃避行の悲劇だけでなく、現地民から土地を半強制的に買い上げるなど加害の側面にも焦点を当てている同館を修学旅行先に選んだ。
生徒たちは2年生の時から満蒙開拓の学習をしてきたといい、この日は証言映像を見たり、ボランティアガイドから展示物の案内を聞いたりして学びを深めた。
その後、仲西由唯花さん(14)が「平和な未来をつくるために、私たちはこれからもこのような過ちがなぜ起こったのかを考え続けます。私たちは学んだことを忘れず、後世に伝えます」などと自分たちで考えた平和宣言文を読み上げ、千羽鶴を手渡した。浜崎大輝君(14)は「後輩たちが後に続くと思う。まずは僕たちが学んで伝えていきたい」などと話していた。
寺沢館長は「若い皆さんに、満蒙開拓という歴史を語り継ぐことの意味や、それが未来の平和に役に立つということを伝えていきたい」と話した。
写真=寺沢館長(右)から記念品を受け取る浜崎君(26日、阿智村で)
2025/05/26 北國新聞
県青年団協議会のメンバー3人は24日、小松市下八里町の山川秀二さん(100)方を訪ね、戦時中の体験や平和への思いを取材した。協議会は戦争体験者や遺族の証言をまとめた映像作品を制作するため取材を重ねており、シベリア抑留を経験した山川さんは「とにかく生きて帰れて良かった」と振り返った。
山川さんは旧満州(現中国東北部)の開拓移民「満蒙開拓青少年義勇軍」に入った後、関東軍としてダム警備などを担った。シベリアでは金山で働かされていたとし「寒くて、食料もなく、多くの友人を亡くした」と語った。金山で 働いていた際に聞いた歌「異国の丘」を披露し「とても励まされた。今があるのはこの歌のおかげだ」と感謝した。
県青年団協議会の取材は山川さんで5人目で、今年度中に作品をまとめる。
2025/05/25 奈良新聞
NPO法人平和のための香芝戦争展の「香芝・日中友好の集い」が11日、香芝市藤山1丁目の市ふたかみ文化センターであり、県内在住の中国残留邦人ら中国からの帰国者や市民ら約50人が、体験談や歌などを通して交流した。
中国残留邦人2世の李小英(りしょうえい)さん(74)=奈良市=が体験談を披露。李さんは新潟県から旧満州(中国東北部)に渡った母と、再婚した中国人男性との間に生まれ、47歳の時に息子1人、娘2人と一緒に日本に永住帰国。「日本に帰国して27年に なるが(時間が経つのが)早い。兄弟やいとこ夫婦などもいるし帰国してよかった」と話した。
李さんが卒業した奈良市立春日中学校夜間学級の教員、姜林(ジャン・リン)さんの中国帰国者についての話や、旧満州から引き揚げてきた香芝市民2人の話などもあった。歌や踊りなども披露された。
2025/05/25 中日新聞朝刊 地方版(尾張版)
【愛知県】戦時中に旧満州(中国東北部)に渡った満蒙(まんもう)開拓団の人々を描いた紙芝居の上演が24日、一宮市浅野の「ギャラリー葵」であり、約10人が静かに耳を傾けた。
「いのち 満蒙開拓とその後」と題した紙芝居は、長年開拓団の調査を続ける同市の平田和香さん(84)と、市民団体「手作り紙芝居の会 クローバーズ」の堀部 美奈子さん(71)が10年以上前に制作。愛知県で唯一の開拓団「東三河郷開拓団」の知られざる歴史を紙芝居を通じて語り継いでいる。
紙芝居では、少しでも豊かな農地を求めて旧満州に渡った人々が、終戦後に極寒の地で飢えに苦しみながら逃げまどった苦難の日々を描いた。引き揚げ後は国内で差別を受けたことも伝えた。
平田さんは「開拓団は国策で旧満州に渡り、知らず知らずのうちに戦争に巻き込まれ、犠牲になった。同じ過ちを繰り返さないように開拓団の歴史を伝えていかなければ」と語った。(児島恵美)
2025/05/20 京都新聞朝
舞鶴市平の舞鶴引揚記念館で、抑留体験者で画家の故佐藤清さんの生誕100年を記念した企画展「北斗星のもとに」が開かれている。写真や映像の乏しい抑留を伝えるのに貴重な記録画の収集にも大きな役割を果たした佐藤さんが描いた、抑留の記憶を伝える油彩画とペン画計17点が並ぶ。
佐藤さんは1925年に福島市に生まれ、召集され渡った満州で終戦を迎えた。シベリアに抑留され、47年に舞鶴に帰還。美術大を卒業し、建築士として働く傍ら画家として活動。2014年に亡くなった。
会場には、満点の星空が広がる極寒の収容所で点呼を強いられる「深夜の点呼」や、栄養失調でやせこけた男を描いた「二冬を越した捕虜」などが展示されている。
企画展のタイトルは、佐藤さんが生前、抑留画を残すのはシベリアの北斗星の下で眠る戦友たちへの鎮魂の思いからだと語っていたことにちなむ。
佐藤さんは、同館が1300点の記録画を収集するきっかけを作った人物でもある。最初の関わりは、戦後50年を記念して舞鶴市が同市と京都市で開催した「シベリア抑留画展」。抑留を経験した画家に声を掛けたり、美術館に協力の依頼をしたりと奔走した。
その後も舞鶴との関係は続き、晩年には記録画の引揚記念館への寄贈を仲間に呼びかけていたという。学芸員の長嶺睦さんは「彼がいなければこれだけの記録画は集まっていなかった」と話す。佐藤さん自身も81点を寄贈した。
戦後80年を迎えることを踏まえ、長嶺さんは、「これからの体験者なき時代において、見るだけで強い印象や衝撃を与える絵の役割はますます大きくなっている」として功績を強調する。
企画展は7月6日までの午前9時~午後5時。水曜休館。要入館料。(菅井渉太)
【写真説明】「深夜の点呼」(左)など佐藤さんが抑留を描いた作品が並ぶ企画展の会場=舞鶴市平・舞鶴引揚記念館
【写真説明】やせこけた抑留者を描いた佐藤さんの「二冬を越した捕虜」