小塚原回向院 その1 | 浮世な世界

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こんばんは


どうやら東京では雪が降っている地域があるみたいですが、千葉も急に先ほどから天気が悪くなったような感じがしますね(^▽^;)

最近暖かい日が続いたのにまた寒くなると体調管理も気を付けないといけませんな。




さて、前回は小塚原刑場跡を紹介しましたが、そのすぐ近くには小塚原回向院という名のお寺があります。




↑回向院といえば両国ですが、こちらは両国回向院の別院として1667(寛文7)年に創建されました。





↑小塚原刑場での刑死者を弔うために建立された回向院には、結構有名な歴史上の人物(特に幕末の志士)のお墓もあり、有名な場所史跡マニアには有名な場所です!



ちなみに両国回向院についてはすでに記事 になっていますので機会があればぜひ(笑)





↑入ってすぐにあるのが歓臓記念碑です。


1771(明和8)年、小塚原刑場で蘭学者の杉田玄白前野良沢中川淳庵らが刑死者の遺体を腑分け(解剖)し、後の『解体新書』の刊行に繋がります。

その功績を記念するために大正時代に造られたそうです。






↑左手は一般の方のお墓なので、関係者以外は立ち入り禁止になっています。


このようにきちんと区画分けをしてくれるのはありがたいですね!





↑このようにわかりやすく案内図まで。




↑まず最初に目にするのは横一列に並んでいるこちらの墓石。


大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変の関係者の墓石になります。




↑水戸・薩摩の脱藩浪士によって引き起こされたこの事件は幕府権威が大いにしっつしたことで知られていますね。




↑こちらにはちょっと変わった墓石らしきものもΣ(・ω・ノ)ノ!





腕の喜三郎という任侠のお墓だそうです。


怪我した腕をノコギリで切り落としたのでこのようなお墓の形になったとか(((゜д゜;)))







↑こちらは毒婦として有名な高橋お伝のお墓になります。


夫を毒殺し、愛人もお金を奪った挙句殺害したため斬首に処されたそうですが、どこまでが本当化は不明。

仮名垣魯文の『高橋阿伝夜刃譚』で広く知られています。





↑義賊として有名な鼠小僧次郎吉のお墓です。


裕福な家にしか忍び込まず、貧しい人々に盗んだお金を分け与えるという伝説で有名ですが、実際は賭博に明け暮れた人物だったようです。





↑ちなみに両国の回向院にもお墓は有ります。




というわけでその2に続きます!