岡山城 その1(内下馬門跡) | 浮世な世界

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こんばんわ


今日は珍しく雨が降っていますね。


というか梅雨なのに全然雨が降らないのは、ちょっと問題ですよね(゚_゚i)




さて、今日から岡山編に入ります。


午前中に姫路城を見終え、岡山県の後楽園と岡山城を見ました。


一応順番的には後楽園→岡山城なのですが、やはりまずは岡山城から紹介したいと思います!!



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↑後楽園から撮影した岡山城です。




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↑縄張り図です


岡山城は1590(天正18)年に宇喜多秀家が近世城郭として改築しました。それ以前にこの地には石山城と呼ばれるお城がありましたが、岡山城はそれを取り込む形で造られたそうです。

岡山城の天守は安土城、または大坂城を模したともいわれており、その黒い外観から「烏城(うじょう)」とも呼ばれています。

関ヶ原の戦いで秀家が八丈島に流されると、小早川秀秋が入城。小早川家が断絶すると、前回紹介した姫路城主の池田輝政の子が入り、備前岡山藩が誕生します。

明治になっても天守は残されおり国宝にも指定されていましたが、第二次大戦の空襲によって焼失してしまい、現在の天守は1966(昭和41)年に鉄筋コンクリートで再建されました。


幸い古写真などが残されていたため、外観は旧来の通りに復元されております。





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↑まず最初に紹介するのは入り口にあたる内下馬門橋(目安橋跡)から。



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↑元々は木製の橋が架かっていましたが、現在は土橋になっています。



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↑内下馬橋の向こうは内堀が。



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↑内堀は本丸と二の丸を分けるように水堀になっています。


かつては三重の堀がありましたが埋め立てられたため、残っているのは内堀のみです。




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↑橋を渡ると内下馬門(大手門)跡があります。



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↑枡形がよくわかります。


かつては門があり、入口のため威厳を示すように立派だったと伝えられています。



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↑反対側から。




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↑ちなみに内下馬門の西側には太鼓櫓もあったそうです。



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↑内下馬門跡の石垣は立派に見せるために巨石が多く使われています。



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↑また見映えをよくするように鏡石もはめ込まれていました。



岡山城の見所はなんといっても石垣ですが、それは次回に♪



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