こんにちわ
今日は昨日とは打って変わっていいお天気です!
では、今日も史跡レポを!
大原幽学旧宅跡を見終わった後、付近の碑や建物を見て回りました。
↑旧宅近くにはこのような建物が。
↑これは大聖殿跡と呼ばれる建物です。
幽学が自刃した後に地元の農民たちが彼を祀る神社を建てようとします。
この建物は大原神社の社殿として1937(昭和12)年に建てられたのですが、神社としての許可が下りず、名称も大聖殿となったようです。
↑井戸のようなものが埋もれていました(((゜д゜;)))
↑裏には奥殿らしきものもありますがボロボロですね(^_^;)
↑付近には何やら碑がありましたが、解説版はなく、碑文を擦り減っていてわかりませんでした(+_+)
↑この付近は龍ヶ谷(ゆうがい)聖地と呼ばれる場所です。
元は長部城という城址だったらしいのですが、1857(安政4)年に幽学の門弟によって、三神(天照大神、春日大神、八幡大神)を祀る聖地としてつくられました。
↑また幽学の遺骸もこの地に葬られたらしく、顕彰碑がありました!
お墓は少し離れた地にあります(後日紹介します)。
↑幽学は耕地の大きさを一定にし、生産の効率性を高めており、現在もその方法で耕作を行っているようです!
オマケ
↑記念館の近くには庭園を模したような場所が(笑)
↑やはりこういうのを見てると癒されます(´∀`)
↑綺麗だったから撮ってみました。
何の花でしょうか??
次回は大原幽学のお墓を紹介します(^-^)ノ~~











