寝ても覚めても刀剣一筋!といった偏った人間は、意外に多いと思います(勘違いならごめんなさい)。ところが「刀剣」というと、どうしても日本刀上位主義に走ってしまうのが偏った人間ならでは?の思考回路です(笑)。かく言う私めも典型的な偏った人間なので、「刀剣」と聞いてイメージするのは、日本の打刀なのです。が、何も日本刀ばかりが刀剣類ではありません。

こちらは伊達政宗公(1567年~1636年)の愛刀で、支倉常長が献上したと伝えられる短刀類です。インドネシアの伝統刃物クリスが、当時の日本にも渡来していたことがわかる、歴史的にも貴重な資料です。
次に、ハプスブルク系の宝刀類をご紹介します。

こちらは、ボヘミヤ王オタカル2世(1230年~1278年)の愛刀。鎌倉時代にドイツで作られた後期ロマネスクの儀式用の短剣です。両刃の刀身で、中央部に樋が彫られ、中国剣にも見える形状です。全面に鍛肌が認められ、茎には槌目が残るなど、当時のヨーロッパの鍛造技術の高さがうかがえる貴重な一振りです。

こちらは、マクシミリアン2世(1527年~1576年)の愛刀。室町時代(永禄期)にイタリアで作刀されました。当時のヨーロッパでは、片刃で刀身が幾分湾曲した鎬造りの刀剣を「コルテラッジオ」と呼び、ローマ風と考えていました(日本刀もコルテラッジオに分類されます)。16世紀の宮廷では復古調が流行し、ローマ様式?の鎬造りの刀剣が好まれました。

こちらのゴージャスな御刀は、ドン・ファン・デ・アウストリア(1547年~1578年)の愛刀。室町時代(天文~天正期)にイタリアで作刀され、神聖同盟とオスマン帝国との戦いの英雄ドン・ファンが愛用しました。当時の剣術の流派では二刀を用いたため、左手用の短剣も付属されていましたが1873年の盗難により紛失しています。写真では判りにくいですが、刀身の鍛えは見事です。
以上の刀剣類からは、よく練れた鍛肌が認められます。特に、ヨーロッパの刀剣類からは、かの地が如何に高度な鉄文化を培ってきたかが一目瞭然です。インドネシアでは、国立博物館収蔵の国宝指定刀剣類を手にとって調査させて頂きましたが、基本的には柾目を基調にした積層鍛造鋼であることから、古代インドに起源を持った作刀技術が基になっていることがわかります。
と書き始めるとキリがないのですが、世界中に刀剣及び付随する文化は確かに存在します。その中にあって、日本刀の存在感が際立って目立つことは日本人としてうれしいですが、日本刀の楽しみ方も群を抜いて奥深いものがあります。
ご興味のある方は、ぜひ最寄の刀剣勉強会へ足をお運び下さい!