病気になった……。

でも、レギュラー出演の仕事が待ってる。何があっても、休むわけにはいかない……。
頼み込んで、やっともらった仕事だから。

《安定剤》と言う、今まで飲んだこともない薬を飲んで、少しフラつきながら、楽屋へ。
メンバーは、俺の病気など知ったことじゃない。そんなこと《LIVEと言う場所には関係ない》と言う感じ。それは、当然のこと。俺もそこまで、気を遣われたくない。

リハーサル中、息が苦しくなる。マネージャーが心配して、近寄ってくる。鬱陶しく感じて、制止する。

なんとか《こなすだけ》のLIVEになりそうだ……。こんなはずじゃなかった……。
美雪も、心配していた。でも、俺の問題……。
誰に何を言ったところで、どうなるものでもない。


病気になり、4ヶ月が過ぎようとしていた頃。
まるで《傷口に塩を塗る》ような、悲しい出来事が起きた。

8月初旬の、寝苦しい明け方。
家の電話が、けたたましく鳴った。美雪が起きて、受話器をとった。相手は、お世話になった方からだった。

『えっ !? 翔一君が !? ……。なんで……。』

《翔一》とは、俺のバンドの、初代のギタリスト。
彼が、《自殺》してしまった………。
俺は、何がなんだか、さっぱり分からない。
動悸と呼吸が荒くなり、思わず頓服を飲んだ。


彼の葬儀…………。
多くのバンド仲間が、彼の死を悼み、参列した。
俺は、弔辞を頼まれ、フォークギターを抱えて、翔一の遺影の前に立った。少しだけ弔辞を読んで、あとは唄った………。

翔一……。お前を送るのは、これが一番だろ………?
でも、何故だ?  
何で、こんなに早く逝くんだ?
何で、辛いことがあったなら、俺に言ってくれなかった……?
俺より10歳も若いのに…………。

唄いながら、涙が止まらない………。
翔一………。じゃあな………。


不穏な空気を感じる俺。
それを、吹き払おうとする美雪。
メンバー達は、どこ吹く風。

いつか感じたことのある《ズレ》が、再びやってきた………。

ここから、更なる悲劇が重なっていくことになろうとは、この時、思いもしなかった。
この時で既に、《精神の限界》を感じはじめていたから。


《家族》と言うもの……。
美雪がいて、中也がいて………。

自慢するわけではないが、俺は、美雪と《喧嘩》というものを、したことがない。かと言って、お互いに《無関心》だったわけでもない。寧ろ、何でも話し合った。それが、気持ちの《すれ違い》を生まない、大切なことだと思っていたし、彼女はどこか、すべてを《見透してる》ように感じることが、時折あった。

中也は、すくすくと育った。
不思議なんだが、中也は、普通の子供が喜ぶようなオモチャには、あまり興味を示さなかった。遊び方を教えても、すぐに飽きて《打楽器》にしてしまった。
STONESのCDなんかをかけると、踊り出す………。困ったもんだ。胎教のせいだろう。

俺が、赤いTシャツを着てると、俺のタンスから、同じ赤いTシャツを引っ張り出して着る。長いワンピースみたいだ(笑)
ツアーには、家族も同行した。
中也は、人見知りもせず、誰のところにもニコニコと近寄っていく。
本当に、誰に似たんだろう………?  不思議な子だ。



ある日、昔から行きつけだった、居酒屋のマスターから電話があった。
マスターとは、個人的にも付き合いがあり、よく一緒に遊んだりもした。そのマスターが、店を閉めると言う。

聞けば、俺と美雪が、2人で通ってた頃から比べると、売り上げが《半分以下》になってしまい、このままでは、借金ばかりが増えるから、と。

店を閉めるにあたって、内装工事をやらなければならないらしく、俺に頼んできた。
俺は、その仕事を請けた、格安で。
ずいぶんと、お世話になったと感じたから。

ところが………。

仕事は、どんどんと進んでいくのに、1ヶ月過ぎても、2ヶ月近くになっても、お金を払ってくれない。
毎日毎日、15時間ぐらい働いた。業者も数人、俺の知人に頼んだが、お金を払ってくれないから、俺が立て替えて、業者に払うしかなかった。


ある日の真夜中。
へとへとになって帰宅したんだが、風呂に入る気力もなく、ご飯を食べる気にもなれず、美雪と中也が寝てる部屋の、隣の部屋で1人、横になった。

ん?どうした?  眠れない。
今まで、どうやって眠ってたんだ?  眠れない。
まるで《眠り方を忘れた》と言う言葉が、ピッタリくるような感覚だ。
あ!おかしい!
呼吸ができない!  意識が飛んでしまいそうだ!声も出ない!  助けてくれ!…………

意識を失ってしまったようだった。

翌日、病院に行くと《精神科》に行くように勧められた。
精神科に行き、診察してもらった結果、《パニック障害》と、わりと強めの《不安神経症》の合併症だと告げられた。

極度のストレスと、睡眠不足、それらが原因らしい。
しかし《過去の薬物の後遺症の可能性》も、指摘された。


気持ちばかりが焦って、何も手につかなかった。
《安定剤》を飲んで、フラフラになりながら、仕事をこなすしかなかった。


2000年  8月26日の夜。

この月のLIVEも、これで終了。ショットバーでの、月1のレギュラーLIVE。
狭い店ではあるが、この店でのLIVEは、とても楽しいし、PA機材が無いので、自分達でバランスをとり、良いものをお客さんに聴いてもらえるように、色々と工夫を凝らす。
とても、勉強になる。


LIVEを終えて、帰宅した。美雪が少し、しんどそうだった。

『大丈夫?』

『うん。でも、そろそろかなぁ……。』

美雪は、《臨月》に入っていた。LIVEは当然、リハーサルの時点で早退。マネージャーに引き継ぎだけをして、帰る。

美雪が、眠っている俺を起こした。

『どうした?』

『ひどくはないけど、陣痛みたい。』

急いで病院へと、車を走らせた。美雪を病院に送り届け、看護師に説明して、案内してもらった。
その後すぐに、美雪の荷物を取りに帰り、彼女の両親に連絡。夜が明けて、メンバーにも連絡をとった。

朝一番、病院へ荷物を届けに。美雪は元気そうで、朝食を食べていた。

看護師に

『まだまだ大丈夫ですよ。初産は、とても時間がかかりますから』

と言われ、軽く一安心。タバコを吸いに、外へ出た。メンバーやスタッフ、仲間達が駆けつけてくれた。よく見れば全員が、黒のTシャツにジーンズ姿。まるで示し合わせたようで、笑えた。


午後1時ちょうど。
美雪が分娩室に入った。俺も立ち合いで入ろうとすると、看護師に

『お父さんは、もう少し後でいいですよ。初産は、かなり時間がかかりますから。』

と言われたので、そわそわしながら、廊下で待っていた。
12~13分ぐらい経って、看護師達がバタバタし始めた。
何かあったのか?   俺は、入らなくていいのか?
目の前を、看護師が走り抜けていく。
何なんだ?

『おぎゃぁあ~!』

ま、まさか !?
いや、その《まさか》だった………。
生まれた………。分娩室に入って、わずか《15分》で………。俺を分娩室に入れなかった看護師と、目が合った。看護師も《まさか !? 》と言う表情………。無言だ………。
俺も《なんで?》と言う顔………。無言だ……。

初産なのに、たった15分て………。看護師の《初産は時間がかかる》と言う一般論を、見事に裏切って………。早すぎるぞ、おい……。さすが、せっかちな《俺の子》だ(笑)

2000年8月27日   午後1時15分。体重2890gの男の子……。

長男《中也》が誕生した。今月のLIVEスケジュールをすべて終えた翌日、スティービー・レイヴォーンの命日に。暑い午後………。