川越style「仙波の田んぼ緑肥の会」ストロベリーキャンドルの花咲く田んぼ 仙波の田んぼ花畑祭り | 「小江戸川越STYLE」

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「小江戸川越STYLE」代表:石川真

 

お米作りは始まる前に、ストロベリーキャンドル花咲く田んぼで遊ぼう!楽しもう!


川越の仙波の農家が集まった団体が、「仙波の田んぼ緑肥の会」。

川越市大仙波などの田んぼにて、緑肥田んぼの活動を展開しています。

仙波の田んぼ緑肥の会は、

「人、自然に優しい農業を目指す」仙波の農家と

「手間暇かけた農業を積極的に導入する農家」を応援したい消費者とを直接結び付ける活動です。

 


赤い絨毯が広がる大仙波の田んぼにて、「仙波の田んぼ緑肥の会」主催で田んぼとストロベリーキャンドルを楽しむお祭り「仙波の田んぼ花畑祭り」が開催されました。

4月27日土曜日
10:00集合 11:00開場
場所 大仙波のカワハタ家具となりの田んぼ
参加費 無料

「仙波の田んぼ緑肥の会」

HP:
http://wiseserv.com/ryokuhi/kawagoe/


イベント内容:
・トラクター展示
・スラックライン遊び
・みんなで羽釜でご飯炊飯体験
・みんなでカレーづくり
・仙波のお米の販売
・仙波ハチミツの試食、養蜂の見学
・花畑ヨガ体験
・白鼠喫茶室さんのコーヒー販売
『田んぼ花畑を開放しますのでキャンプ好きな方はご自由タープ張ったり、テント張ってもオッケーです!
焚き火やコンロの利用は気を付けて各自で管理してくださればオッケーです。
花畑で大人も子供も一緒になって楽しみましょう!』

田んぼのことを知ってもらいたい農家と、農家を応援したいサポーターが企画したイベント。
 

企画した「仙波の田んぼ緑肥の会」は、
「人、自然に優しい農業を目指す」仙波農家と
「手間暇かけた農業を積極的に導入する農家を応援したい」消費者を直接結び付ける活動をしています。
田んぼの様子をLINEで発信すると共に、
「農家と消費者が直接会い、直接交流できる場として、田んぼを使ったイベント」を企画・開催。
田んぼイベントでの交流を通じて、田んぼを理解し、田んぼから収穫されるお米に関心を持ってもらいたいと思っています。

 

「仙波の田んぼ緑肥の会」

米農家と消費者の新しい関係(米農家サポーター)を広めたいと考えている団体です。


稲作には多大な労力が必要です。
その実態を田んぼを来て体験して欲しい。
農家単位の混ぜていない採れたてのお米を味わってほしい。
稲刈り後の田んぼも生きています。
ストロベリーキャンドルの花が土壌に良くするために根を張り、花を咲かせて頑張っています。
日々の小さな田んぼの変化を農家目線で観察できる消費者のことを、我々はサポーターと呼びます。
ただ安いだけの米でなく、安心・安全な米を米農家から郵送費を節約する直接受け取り(イベント参加時に受け取り)の仕組みを考えています。


田んぼのカレンダー
4月中旬 緑肥開花
4月中旬 苗間作り
4月下旬 水稲種蒔き
5月中旬 苗の覆い外す
5月下旬 井戸水汲上
6月上旬 田植え
6月中旬 チェーン除草
7月上中旬 中干
8月上旬 出穂
8月中旬 稲の開花
8月下旬 稲穂金色
9月中旬 稲刈り、乾燥、籾摺り
9月下旬・10月中旬 緑肥種蒔き

会では、緑肥開花のタイミング以外にも季節によって様々なイベントを開催しています。
8月には、「稲穂を観ながら夕涼み、仙波ハチミツ搾り体験イベント」
10月には、「新米を味わう会」
12月には、「餅つきイベント」

 

大仙波の田んぼでは年々、ストロベリーキャンドルの花が増えています。

ストロベリーキャンドルはチッ素を豊富に含み、土の良質な緑肥となり、自然に優しいお米作り・農業になります。

レンゲやストロベリーキャンドルなどの緑肥は、伝統的なお米作りでしたが、現代の化学肥料の浸透から今ではほとんど見られなくなりました。

しかし、農村の景観美化、消費者の自然志向の観点から、仙波の農家が数軒集まって再興しています。

綺麗な花が咲く田んぼで遊び、楽しみ、これから始まるお米作りを身近に感じてもらおうとしていました。

 

 

川越の仙波は、今から100年以上前、川越町(かわごえまち)は埼玉県入間郡にあった町、1889年(明治22年)4月1日 、町村制の施行により、川越町(旧川越城下17町)・松郷・東明寺村・小久保村・脇田村・小仙波村・寺井村および野田村の一部の区域をもって発足されました。
現在の川越市の中心部にあたります。
そこから30年以上経ち、1922年12月1日、川越町と仙波村が新設合併して、現在の自治体「川越市」が誕生しました。
そう、川越市は、仙波村と合併してできたものだったのです。
この時の隣接自治体である南古谷村、古谷村、芳野村、山田村、田面沢村、大田村のほとんどはその後、1955年に川越市に編入合併され行政区域は広がりました。
 

「仙波」はかつて広大な範囲に広がっていたという認識は、上の年代の人にとっては共通していますが、今の世代にとって仙波は「仙波町」になるので、広地域という表現がいまいちピンとこないものかもしれません。

仙波は、仙波村はどのくらいの広さがあったのか。

ここで面白い資料を紹介しましょう。

今から100年近く前、1920年の埼玉県入間郡仙波村の行政区域を示す地図です。

「埼玉県入間郡仙波村 (11B0070028) | 歴史的行政区域データセットβ版」
http://geoshape.ex.nii.ac.jp/city/resource/11B0070028.html

この地図を見ると分かる通り、100年前の仙波村は、今の仙波町を含むことはもちろんのこと、現在隣接する、菅原町、富士見町、南通町、岸町、そして新宿町まで及び、さらに旭町(二、三丁目)、川越インター近くの広栄町まで広がっていたという事実があります。

九十川や不老川、久保川といった川が隣村との境界線になっていたことも分かります。

 

時代が下り、現代の仙波は、川越駅に近いことから住宅が増え近代化の発展を遂げていますが、全面的な再開発というより、昔から続く伝統を大事にしながら新しい文化が流入し融合しているのが街の特徴で、さながら昔と今がモザイク模様のような様相になっている。

近年の川越は、中心市街地や旧市街地(蔵造りの建物の町並みの一番街通り)にフォーカスするだけでなく、川越を広く捉えようとする動きが活発になっています。

「川越ガーデンツアー」で福原地区や大東地区などの自然を巡るツアーや川越の周辺地域にある農を伝える「川越Farmer's Market」、川越の自然を体験するエコツーリズム企画も増え、川越の魅力再発掘の機運が高まっている今。

 

仙波を知る参考資料となるのが、川越市の『小江戸川越みどころ90観光コース』。コースの一つとして、仙波町から小仙波町にかけて点在する歴史ある寺社をめぐりつつ、新河岸川沿いの自然も堪能できるコースが紹介されています。

「仙波の水辺と歴史ある寺社を訪ねて」
https://www.city.kawagoe.saitama.jp/koedo90/course/c41.html

 

さらに、仙波の史跡と寺社めぐりを楽しむ約9㎞の散策コースを紹介しています。

「仙波の史跡と寺社めぐり」

https://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisei/toshi_machizukuri/machizukuri/toshikeikan/kawagoeh100kei/toshikeikancoursemap.files/8map.pdf

川越駅→

・八幡神社と年中行事                   
長元3年 (1030) 、源頼信が平忠常の乱評定の祈願ここで行い、戦勝に感謝し創祀したものとされています。太田道灌は当社の分霊を城の守護神とて奉じられたといいます。                     
境内はまちなかに貴重な緑を提供してくれる空間で さまざまな行事が四季折々の風物詩となっています。

・中院の四季

・喜多院、仙波東照宮

仙波東照宮は日光久能山とともに三大東照宮されます。将軍家威光を示す極彩色の本殿は、銅瓦葺、三間社流で重要文化財です。徳川家康が亡くなった時、 喜多の天海僧正が久能山から日光に移葬れる遺骸を喜多院大堂に留め、大法要営みました。これが東照宮本地堂の初めです。その後 天海はこの地にあった中院を現在地に移し、寛永10 年 (1633) に東照宮を遷祀しました。

・三変稲荷神社古墳

川越でも古いされる古墳です。長辺25m、短辺20m、現存高1.8m の方墳で、築造は4世紀後半の古墳時代前期。出土した最龍鏡(だりょうきょぅ)は、中央政権が下賜すものとしては、 最も格式高い三角縁神獣鏡に次ぐものとのことで、この古墳の被葬者の地位を知ることができます。

 

・仙波氏館跡と新河岸川

平安末から鎌倉時代の地頭である仙波氏は 、『保元物語』の仙波七郎高家をはじめ、『吾妻鏡』にもその名がみられ、鎌倉幕府に従い活躍した武蔵武士として知られます。
長徳寺は仙波氏の館にあった持仏堂が基とされています。ここから見晴らす新河岸川は、桜と菜の花が同時に満開を迎える名所となっています。

 

・仙波河岸史跡公園と愛宕神社

河岸場の遺構を中心とした仙波河岸史跡公園は、水と緑の憩いの場で、園内には河岸場跡や仙波の滝、自然観察湿性地などを回遊する遊歩道や木デッキ歩道が整備されています。公園から崖上に続く階段をのぼると、仙波愛宕神社と延命地蔵損が祀られています。愛宕神社は父塚(愛宕神社古墳)とも呼ばれる6世紀中頃の古墳(円墳)で、市指定史跡となっています。

 

仙波河岸史跡公園は、川越市シルバー人材センター主催による「小江戸川越 新河岸川舟運(しゅううん)めぐり」で最後の地点として訪れた場所でした。新河岸川の歴史に仙波も関わっている。

(川越style「小江戸川越 新河岸川舟運(しゅううん)めぐり」川越市シルバー人材センター

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12391595936.html

 

・仙波氷川神社と富士見橋                   

                    

平安時代後期の延久年間(1069~1074) 、仙波氏の創建とされています。境内にある小規模な円墳や、周辺の古墳、集落跡などから、この辺りは古から人の住む処であったことがわかります。昭和11年(1936)完成の富士橋はアーチが美しいコンクリー ト橋です。この下を通る道は、仙波河岸とを結んでいます。

 

・初山と浅間神社                

                    
川越には富士信仰に基づく富士塚が多く残されています。仙波浅間社は、毎年7月13日に富 士山信仰に由来する「初山」が行われます。                                                
子供授かりたい人や、赤ちゃんを連れた親などが参詣します。赤ちゃんは額にはんこを押しもらい、 無病息を祈願します。初子の時には、夏を健康に遅ごるように仲人や近親にあんころもちと団扇を配る習わしがあります。

 

・富士見町の川越街道のケヤキ並木

・烏頭坂と熊野神社

烏頭坂(うとうざか) は、舟運が盛な頃、河で荷揚げされた荷物を運ぶ際に必ず通った急坂の難所でした。昔は道の両側に杉並木があり、風情があったといます。現在は往時のイメージを継承するケヤキ並木となっています。
江戸時代の参勤交代では、三番町から川越城下に入る手前、旧大仙波村のこの辺りで休息を取り、湯茶の接待を受け、隊列を整えた上で城下に入ったそうです。
烏頭坂を上がりきる途中に地域の産土神である熊野神社があり、桜の名所として市民に親しまれています。

・新宿氷川神社(雀の森)

 

他にも、仙波にある天然寺は、「小江戸川越七福神めぐり」の一寺(寿老人)になっており、多くの人が訪れる場所。毎年1月には「川越の街にきもの姿を増やす会」による着物で七福神めぐりが行われ、第二番である天然寺お寺にお参りしています。途中、畑を間を縫うようにして歩いて行くのも仙波ならではの風景で、国道16号を境にして北側が畑が広がるというのがよく分かる散策でもありました。地元の人が知る裏道を進むからこその、昔ながらの地蔵尊や馬頭観音があちこちにあるのも見もので、蔵を持つ家があり農が今でも息づいていることが伝わってくる。

(川越style「小江戸川越 着物で七福神めぐり」2018年1月7日川越の街にきもの姿を増やす会

https://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11743807331.html

 

川越まつりも盛んな地域で、山車は仙波二郎安家です。

(仙波河岸史跡公園にて、山車の「曳き綱制作」)

 

そして、忘れてはならない、仙波は農業の地域でもあります。

仙波河岸史跡公園を過ぎ、坂を下り新河岸川を越えると、周囲の風景ががらりと変わっていく。

360度田んぼが広がる農業地帯に出るのだ。仙波は、国道16号を境にして、北側は住宅地に畑、南側は田んぼを中心に田畑が広がるという、景色ががらりと変わるのが特徴。流れる空気が違うもので、同じ街でこんなにもダイナミックに変わるのかと驚くほど。

住所でいうと川越市大仙波。国道16号と田島道(たじまみち)、254号周辺に挟まれた地は、川越の原風景が広がり、今でも営々とお米作りが行われている。

この時は9月上旬、ちょうど収穫の直前というタイミングで、でっぷりと実った稲穂がこうべを垂れて実りの秋を伝えていた。田植えから数ヶ月、川越のお米が出来ています。

鷺などの鳥が田んぼに飛来しているのは水の中にいる生物を目当てにしているから。伊佐沼からここに飛んで来ている鳥もいるかもしれない。水の中を覗き見ると、ホウネンエビやカブトエビ、カエルなどの生物が元気に動き回っていました。減農薬が進んでいる今の米作りでは、水に生きる生物もかつてより目に見えて増えている。

田んぼ自体が生態系を支えている面があり、生物多様性を現しているのも田んぼです。
仙波の先祖代々の農家であり若き期待の農家市川さんは、さらに付加価値を高めようと無農薬・無化学肥料のお米作りにも力を入れて、安心・安全なお米を提供していることでも知られる。

 

仙波は、知られざる魅力が実は満載。掘り下げれば下げるほど川越をより知るきっかけになる場所が沢山ある。

貝塚、古墳に始まり、仙波二郎安家の時代、営々と続く農業、川越まつり、そして21世紀へ。

仙波を知ることは川越を知ること。

 

そして、大仙波の田んぼで始まったのが、「仙波の田んぼ緑肥の会」。

川越でも伝統的であり、今新しい取り組みが再興しています。

 


今後の「仙波の田んぼ緑肥の会」の展開にも目が離せません。

春に菜の花、そして赤いストロベリーキャンドルを大仙波に見に行こうとなっていくでしょう。

そしてやがて、この田んぼからお米が作られます。

 

川越の農業の取り組みに注目です。

 

「仙波の田んぼ緑肥の会」

HP:
http://wiseserv.com/ryokuhi/kawagoe/