『不祥事』
『鉄骨』
池井戸潤
2011年11月15日第1刷発行
株式会社講談社
談合を巡る物語。
純な主人公。正義感強く青臭い入社4年目。田舎から出てきて中堅ゼネコンに入社。現場で叩き上げられ、本社業務課に転属。
地元出身の談合フィクサーに気に入られる。母親の幼なじみ。気に入られたのは純粋だから。
上司の常務とフィクサーという大人に導かれ(はめられ?)ながら成長していく。
銀行員の彼女。彼女は青臭い彼を物足りないと思い、銀行エリートに流されていく。ゼネコンの泥臭さと相反する銀行の論理。
すぐに想像できるくらいあり得るシチュエーション。
主人公が大人に囲まれて成長する様子が羨ましく…実際にはあり得そうもないが…(談合のフィクサーにぺーぺーが当てられるなんて…実際には裏の思惑あるのはわかるが…)
本書の主題である「談合」については本書内では結論は出ていない。(なぜ談合がなくならないかという理屈についてはよく理解できるが…)談合を推進した人間が逮捕されるという結末はあるが…
談合の必要性(良い面?)は必要以上の過当競争を避ける、過当競争による淘汰によって短期的に多くの失業者が生まれる等々…
一方でデメリットは競争意欲がなくなる=技術革新、業務改善が進まない(共産主義国家のようにいずれ全体が衰退するのが目に見える)
今となっては昔昔の話だが、通産省による護送船団時代はどの業界にもあったはずである。その際には日本の有力な企業を潰さない、育てるという方針の元に談合ではなく指導という形で「調整」がなされていた。フィクサーという「天皇」は存在せず、公権力として。
今の経産省にはそのような力はない…(せいぜい合併による競争企業数を減らすようほのめかすくらい)
基本的に市場主義者の私だが(市場絶対主義ではないが)、談合や護送船団によって資源配分が最適に行われない、高いコスト分は国民や消費者が被ることになるわけだが、ゼネコンのような巨大企業が適正利益をあげられず、最悪の場合倒産することによって失業者増加=税金減少=国民負担増のようなことが起こる可能性がある。
本書でも部分的に語られているが、発注する役人が市況感を持って適正価格で事を運べれば問題ないのだが…
民間においても大会社が下請け(規模の大小を問わず)を食い潰して、過去最高益と自慢する時代なので一緒だが、行き過ぎた競争、過当競争に対する歯止めを考えさせられた。談合が良いかどうかは別だが…
池井戸潤
2011年11月15日第1刷発行
株式会社講談社
談合を巡る物語。
純な主人公。正義感強く青臭い入社4年目。田舎から出てきて中堅ゼネコンに入社。現場で叩き上げられ、本社業務課に転属。
地元出身の談合フィクサーに気に入られる。母親の幼なじみ。気に入られたのは純粋だから。
上司の常務とフィクサーという大人に導かれ(はめられ?)ながら成長していく。
銀行員の彼女。彼女は青臭い彼を物足りないと思い、銀行エリートに流されていく。ゼネコンの泥臭さと相反する銀行の論理。
すぐに想像できるくらいあり得るシチュエーション。
主人公が大人に囲まれて成長する様子が羨ましく…実際にはあり得そうもないが…(談合のフィクサーにぺーぺーが当てられるなんて…実際には裏の思惑あるのはわかるが…)
本書の主題である「談合」については本書内では結論は出ていない。(なぜ談合がなくならないかという理屈についてはよく理解できるが…)談合を推進した人間が逮捕されるという結末はあるが…
談合の必要性(良い面?)は必要以上の過当競争を避ける、過当競争による淘汰によって短期的に多くの失業者が生まれる等々…
一方でデメリットは競争意欲がなくなる=技術革新、業務改善が進まない(共産主義国家のようにいずれ全体が衰退するのが目に見える)
今となっては昔昔の話だが、通産省による護送船団時代はどの業界にもあったはずである。その際には日本の有力な企業を潰さない、育てるという方針の元に談合ではなく指導という形で「調整」がなされていた。フィクサーという「天皇」は存在せず、公権力として。
今の経産省にはそのような力はない…(せいぜい合併による競争企業数を減らすようほのめかすくらい)
基本的に市場主義者の私だが(市場絶対主義ではないが)、談合や護送船団によって資源配分が最適に行われない、高いコスト分は国民や消費者が被ることになるわけだが、ゼネコンのような巨大企業が適正利益をあげられず、最悪の場合倒産することによって失業者増加=税金減少=国民負担増のようなことが起こる可能性がある。
本書でも部分的に語られているが、発注する役人が市況感を持って適正価格で事を運べれば問題ないのだが…
民間においても大会社が下請け(規模の大小を問わず)を食い潰して、過去最高益と自慢する時代なので一緒だが、行き過ぎた競争、過当競争に対する歯止めを考えさせられた。談合が良いかどうかは別だが…
『民王』
池井戸潤
2013年6月10日第1刷
株式会社文藝春秋
「果つる底なき」を読んだからではないが、新聞か何かに載っていた書評を見て
おもしろそうだったので、読んでみた。
実際に読んだ感想としては、池井戸氏の小説にしては、文章が幼稚な感じがし、
内容もやけにコミカルな印象を受けた。
これには、どうやら訳がありそうで、解説欄を読んで納得したのだが、
当作はどうやらネット小説の形態で発表されたものらしい。
銀行という普通(?)の民間企業で働いていた経験がある著者らしいと思うのだが、
ネット小説ということで、ターゲットは普段は文庫を買わない方々になることから、
とっつきやすい形態をとったのだろうと思う。
上記経緯によって、内容的には、シリアスさがあまり感じられないという個人的な
物足りなさはあるものの、私の感覚に近い主張が織り込まれており、共感を覚えた。
近い主張というのは、①マスコミが国民を扇動し、バカにさせている面がある。
(くだらないスキャンダルのようなもの<視聴率が取りやすそうなテーマ>に
注力しすぎ=視聴者に迎合し過ぎ)
②国会も同様で、プライベートな問題や問題発言(マスコミのせいであるが
問題発言は文脈で語られず「単語」のみが取り上げられるケースが多く、対象政治家の
真意に関わらず、問題化されるケースが多い)
などの政争に使われる時間が多く、本来の政策検討がなされているように思えない
⇒「予算委員会」は予算委員会として、「予算」=「税金の使い方」について、
もっと議論してもらいたいものである。。。
③他人を批判しているような人も実際は同じ穴のムジナであることがあり、
批判する資格がない。