いつものこと、と云ってしまえばそうなのだけれど、
大きなイベントの前には必ずといっていいほどあるな。
ヒューマントラブル。
夏に続いて、やってきましたか、この時期が。
外から見ていれば「何故そんなことで、、」と思うわな。
でも個々には、それが最重要項目だったりするから、
話としては難しい。
時折、期せずしてその輪の中に自分が居ることもある。
それを解決するための努力は必要不可欠かつ不可避なのだけれど、
そのために注ぐエネルギーが毎回ばかにならない訳だ。
こういったトラブルの大半の要因はコミュニケーションの稚拙さなのであって、
問題になっている局面を両側から俯瞰してみれば、
実は双方同じことを云っている(目指している)か、
もしくは両方とも考えそのものが間違っているケースが多い。
要するに、あなたがたは「気が合う」のだよ、と云いたいけれどね(笑)
多くのケースで見られる共通点はもう一つ。
意識的な場合と無意識なケースが混在するけれど、
おしなべて「個が大事」ということ。
俯瞰してみれば、、、と前述したように、この視点が欠けている訳。
今我々がしようとしていることは、誰のためになすべきことか?
ここで「自分」を前面に出すひとは、集団行動には向いていないと思うのだ。
いやね、もちろん自分は大事だよ(笑)
でもそれは心の中で守るべき一線であって、そこをひとに悟られてはいけないのだ。
集団で何かをやろうというときのお約束はあくまで利他であって、
利己は基本よほどのカリスマでも無い限り生き残れない。
特に我々のやろうとしている集団音楽は、聴いてくれるひと(お客さま)がいて、
一緒にやってくれる仲間がいて、初めて成立するのであって、
どちらを欠いても、それは単なるマスターベーションになってしまうということ。
何をするにしても「上記のひとたちのため」が最優先課題でしょう。
そこから考えたら、落としどころは自ずと決まるし、
相手に伝達して良いことと悪いことの境界は明確である筈なんだよね。
あくまで個人的な意見だけれど。
形而下的な問題であっても、前述の通り解決にはエネルギーを消費する。
そのエネルギーを別の方向に向けられないものかな、とつくづく思う。
面子やプライドってのも、大事だけれどもね。
おれは音楽をやりたいだけなんだけどな。