ESG投資が盛んに言われており、企業もESGへの取り組みを強化している。
新聞などでもこの言葉を見ない日がないぐらいだ。
ESGのEは環境への配慮だが、特にこの点は、大手企業でも取り組みのしやすい分野であり、またアピールのしやすい分野なのかもしれない。
Appleなども、環境に配慮した製品であることを、最近ではかなり強調している。
無印良品では、靴下などをお店に並べる際のフックをプラスティック製ではなく紙製にしているが、ユニクロもそうした方向に舵を切るようだ。
環境に負荷をかけないようにするには、どうしても原材料も、手間もかかるため、コストとしては割高になりやすい。
大規模工場で、加工のしやすい化学素材を用いて、工場の廃液を垂れ流しながら大量に作る、という時代ではない。
大量に作ると、それを捌くためには、世界各地で売っていかなければならない。
営業活動もグローバルになり、商品もあちこちに送り込むことになる。
そうした輸送活動も、環境への負荷を高める。
また、大規模工場で大量の商品を少しでも低コストでなると、その工場で働く人の賃金も低めに抑えらた上で過重労働に晒されることになる。
それはESGのS(社会)の部分に抵触してくる。
ESGのG(企業統治)の部分を強調することには、経営者はまだどこか及び腰のようでもある。
この部分のアピールは、自分たちの首を締めることにつながると潜在的に思っているからかもしれない。
企業統治は、独裁的な経営者の好き勝手にさせない、ということでもあるから、時間もお金もかかる方向になる。
ESGを追求していこうとすると、どうしても手間とコストがかかる。
だから、どうしても大企業でないと、この分野に向き合えないのだろう。
ただ、一方で商品も割高になっていくので、それを購入できる層も限られてくる。
環境にも社会にも優しくとなると、大量生産は不向きで、地産地消に向かっていくのかもしれない。
そうなった時、グローバルな動きは、どんどんと地域限定的な方向に変わっていくのだろうか。
そうなると企業体もその規模を小さくしていくことになるかもしれない。
そうなった時、雇用はどうなるのか、賃金水準はどうなるのか。
変わっていくのだろう。
それだけは確かなようだ。