冬休みが終わり、新学期が始まりました。
私には小学校1年生の息子がいて、蘇万伊流(スマイル《本名です》)君といいます。
なかなかユニークで、私にもよく理解できないところもある面白い子です。
小学生がランドセルを背負って通学する姿を見ると、いつもこの出来事を思い出します。
入学前に、両親から入学祝をもらい、それでランドセルを買いました。
本人はとても喜んでいました。
ネットで注文したのですが、届いたのは明るい茶色のランドセル。
側面にはピンクの糸でハートの刺繍。ふたを開けるとピンクのハート模様がいっぱい・・・。

私の反応は「・・・・・?!きっと何かの間違いに違いない。女の子用と間違えたのではないか。」
子供達には「返品するかも知れないから、触らないでおいてね。」という私。
がっくりするスマイル君・・・。
そのあと、どうする?と本人に聞いてみたところ「黒いのがいい。」ということで、黒いランドセルに交換してもらったということがありました。
悪いことをしてしまったな・・・。
とはいえ、そんなことでクヨクヨするような子ではないのですが、
それにしても思い出すたびに、私にとっては苦い思い出です。
一体誰が、ピンクは女の子。ハート柄は女の子と決めたのか。
そんなこと誰も決めていないのです。
私の価値観ではそうだったのです。
お店でも、女の子のコーナーと男の子のコーナーがあって別れています。
固定概念って恐ろしい・・・。
いつの間にか、ある一定の基準が「正しい」になってしまっているのです。
私はまさに、そこに囚われていたな、と思います。
囚われのないスマイルくんは、ハートのついたランドセルを選んだだけのことなのです。
・・・さて、そんな「囚われ」ということを考えていたら、ちょうど面白い番組に出会いました。
1月4日に放映されたクローズアップ現代「幸福を探して 人類250万年の旅」です。
ユヴァル・ノア・ハラリ氏が書いた『サピエンス全史』を通して、新しい歴史の捉え方を紹介する番組でした。そして、ネットでいくつかの書評と著者インタビューも読んでみました。
そこで言われていることは、「人類の繁栄とは“虚構”の上にある」ということ。
“虚構”とは、フィクション、人間が創り上げた実態のないもの、とでも言ったらいいのでしょうか。
以下は、ネットからの引用です。
* * * * * * * *
・文明が発達するほど、我々は不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされたからだ──。
・宗教、国家、法律、企業、貨幣-。現代文明を動かすこれらの概念も、7万年前の神話と同じくすべて実体としては存在しない虚構の創作物だが、みなが信じることで複雑で高度な社会を営むことができる。ただ、文明の発展で個々の人間が幸福になったかは、また別の問題だという。「現代人は2万年前の人とは比較にならないほど多くの力を得た。だが幸福感という観点からは、必ずしも2万年前よりも幸福になっているといえない」
・500年前に起きた「科学革命」。進歩を信じ、新しい知識を得るのは良いことで、どんな問題も克服できると確信するようになった。この考え方は経済にも取り入れられ、技術や組織が発展すれば、富の総量が増える。「資本主義の第一の原則は、経済成長は至高の善」と信じるようになった。
・「いま世界で一番重要なストーリーは資本主義。経済成長が世界の全地域をよくすることにつながると信じています」
・「問題なのは、経済成長はある一定レベルに達した以降は、必ずしも幸せに結びつかないということ。物を買うことが幸せにつながらない段階が訪れます。集団でも、経済の成長がすべての問題の解決をもたらすわけではありません。経済成長を追求すれば、生態系には大きな危機が訪れる」
・「地球温暖化を止める唯一の方法は経済成長を止めることでしょうが、どの国もそうしようとはしません。人々は反対運動を起こすでしょう。人が生活していくには経済成長が重要だという考え方から逃れられない。それが21世紀の最大の危険な状況だと思います」
* * * * * * * *
これらを読んで感じたこと。
マスコミでは、この本がセンセーショナルだと話題になっていますが、
そんなに目新しい視点だろうか、ということ。
確かに、今までの歴史観とは違った新しい視点からものですが、
きっと、多くの人が「ん?何かおかしいぞ、この社会」と思っていると思うのです。
「経済成長=幸福」?
心のどこかで、何かが違うと分かっているのではないのでしょうか。
でも、だからといって、どうしていいのか分からない。
それは、今世界中の多くの人が、囚われているフィクションに代わるものが見い出せないからなのではないでしょうか。
私自身も、この一見豊かに見える現代社会に疑問を感じ、「何が幸せなのか」を探し続けてきました。
その結果、木の花ファミリーの生き方に出会ったのです。
著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏はこう言っています。
「そうした虚構がどのようにして作られ、なぜこれほど力を持つようになったのかを知りたかった。そして、その虚構を超えたところにある真実にたどり着きたかった」
「最後は、人間が欲望をいかにコントロールできるか、にかかっている」
入院しているとき、夢でお釈迦様に教えてもらいました。
「おまえは、肉の目はみえるかもしれないが、心の眼は盲目であった」
ピンクのハートに囚われているようでは、まさに盲目の状態です。
いかに人は虚構に囚われて、物を見ているか。
次のステージに行くためには、その「虚構を超えたところにある真実」にたどり着くためには、
いかに囚われを外していくか、いかに自らをコントロールできるかにかかっていると思うのです。
行き詰った現状を突破するためには、デモや反対運動をすることより、革命や戦争をするより、
一人一人の心の囚われを取っていくことに行き着くのだと思います。
だから、希望が持てるのです。
だって、人を変えるのではなく、自分を変えていけばいいのだから。
でもそれは、簡単なように思えて、
実は一番乗り越えるのが難しい“自我”を超えていくということ。
それが、本当の「ジハード(聖戦)」なのかも知れません。

追記:この『サピエンス全史』については、木の花ファミリーのメンバー・なかのんが「木の花ファミリーの経済から世界を見る“『サピエンス全史』から時代主義へ”」の中でも触れているので、併せてご覧ください。
また、今の社会どこか違うとか、「囚われ」から解放されたいと思っている方には、2017年2月19日~3月18日まで開催される「1カ月の真学校@木の花ファミリー」をお薦めします。
きっと次に繋がる新しいビジョンが見えてくるはずです!