今日は精神科の受診日だったけど、いつも思ったことが話せず、当たり障りのないしょーもない話をして診察がおわる。
この医師に話してもどうせわかってもらえないという諦めと、面倒な患者だと思われたくない気持ちから、そうしてしまうのだろう。ある意味、医師に対しても心を閉ざしている状態といえる。
この医師に心を開いてもどうせわかってもらえないし、的外れな励ましを受けガッカリして落ち込むことへの、防御反応なのかもしれない。
正直なところ私は、希死念慮が消えたことがもう何年もない。
毎日のように早く死にたいと思っているし、生きる希望も見いだせない。
マインドフルネスを心がけてはいるが、将来に対する不安が大きすぎて、それもままならない。
頼みの綱の抗うつ薬も、合わない薬が多くて頼りにならない。
ジェイドロフト、リフレックス、トリンテリックスといった有名どころの抗うつ薬は、吐いてしまって飲み続けられなかったのだ。
多くの場合、吐き気は最初の数週間でおさまるらしいが、私は2ヶ月ほど頑張っても吐き気がおさまらず、飲むと吐いてしまうことが多々あったため、結局抗うつ薬は、最初に飲んでいたトリプタノールだけに戻った。なんとも心もとない。
私は独身子無しだから、子供の成長を励みに頑張るとかもない。
「低賃金で労働力を提供し経営者を設けさせることと、国保と国民年金を払うことで高齢化社会にほんのわずか貢献すること以外に、生きる意味ってあるんですか?こうしてメンクリに通うことで病院と製薬会社のお仕事を増やすことに貢献してはいますが、自立支援を使っているので税金の負担となっていますし、本来は死んだほうが世の中のためなのではないですか?」と、医師に問うてみたいのだが、できるはずもなく。。。
「こんなこと言ったら相手が困るだろうな」とか考えずに、思ったことをポンポン言える性格だったら、もう少し生きづらさが軽くなったかもしれないな。
性格って、変えられそうで意外と変えられないんだよねぇ。。。