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1909年、パリの音楽雑誌「ルヴュ・ミュジカル・マンシュエル・SIM」はハイドン没後100年にちなみ、フランスの第一線で活躍する6人の作曲家にハイドンの名前をモチーフにしたピアノ曲を作るよう依頼した。
ハイドンの綴りはHAYDN。名前をモチーフに、とはつまりこのアルファベットを音に変換しようというもの。ドレミファソラシドはCDEFGABC(ドイツだとBじゃなくてH)と書くので、既存の綴りに音を当てはめる取り組みというのは更に古くからある。有名なのはバッハ主題というやつで「シ♭、ラ、ド、シ(BACH)」のやつ。
しかしBACHならいいけど、HAYDNのYとNは音名に無い。そこでこの企画ではIからのアルファベットをそのままシから変換し続け、Yはレ、Nはソと無理矢理に音を当てた。サン=サーンスはこのルールに納得がいかず作曲を断ったとか。頭が固い。
まあそんなわけで無理矢理ひねり出されたHAYDNの主題、つまり「シ、ラ、レ、レ、ソ」を使ってラヴェルやドビュッシーがピアノ曲を書いた。
Ravel: Menuet sur le nom d'Haydn
こちらはラヴェル作曲の「ハイドンの名によるメヌエット」。美しい。楽譜の冒頭に短い五線譜がありHAYDNの主題が書かれてあるけれど、右に見慣れない逆さまのト音記号がある。たぶん出版社はこんなことまで頼んじゃいないんだろうけど、ラヴェルは主題を反転させた「レ、ソ、ソ、ド、シ」や、逆行させた「ソ、レ、レ、ラ、シ」も用いて遊んでいる。この柔軟性、サン=サーンスに分けてやってほしい。
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聴くだけではなかなか気付けないであろう、こねくり回された主題。
ところでこんにゃく座が現在上演中のオペラ『さよなら、ドン・キホーテ!』も舞台はフランス。作曲の萩京子はフランス留学の経験もあり、フランス音楽に造詣が深い。今回のオペラも作中にシャンソンの引用がいくつかあったりする。和音の進行などは全体的に、同じくフランスが舞台のオペラ『銀のロバ』のそれに近い。
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そんなオペラの終盤・教師オードリーが歌う場面、歌の隙間でピアノが右手の三和音だけになる小節が2つある。4種類の和音が登場するが全て同じ作りの和音で、1つの和音の中にある3つの構成音の音程がそれぞれ完全4度になっている(4度堆積和音)。萩京子という作曲家はこの和音を多用する。例えばはじめの和音は「レ♯、ソ♯、ド♯」という構成音なので、コードとしてはG♯sus4onD♯と言えなくもない?けれど、それとはやはり性格が違う、緊張感のある和音だ。
その和音の一番上を辿ると「ド#、シ、ミ/ミ、ラ
」となる(それを完全4度および短7度下に平行移動させた音を重ねると先程の譜面の通りになる)。そしてこの「ド#、シ、ミ/ミ、ラ」を長2度下に平行移動させると「シ、ラ、レ/レ、ソ」つまりHAYDNの主題となるわけだ。こんにゃく座で共有されるオペラ『さよなら、ドン・キホーテ!』のテーマは「おフランス」。なるほどこんなところにもテーマが隠れていたか。
これをかいつまんで「こういうことなんですね!」と萩さんに話してみた。萩さんは笑ってた。
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オペラ『ネズミの涙』クライマックス。2ページに渡ってピアノ(右手)は4度堆積和音のみを弾き続ける。